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 その時、駅でアナウンスが流れた。 《今から電車が通過します、危険ですので白線の内側にお下がりください》  それはくぐもっているが、礼二郎の耳にも届いた。 (まさか……) 『うふふ、気付いた? そう、そのまさかよ』  間違いない。霊は電車が通過するタイミングで、サラリーマンを線路に突き落とそうとしているのだ。――礼二郎の身体を使って。 (い……いやだ、やめろ、やめてくれ!) 『私はコイツに同じ方法で殺されたのよ。だからコイツに同じことをやって何が悪いの?』 (だからって俺の身体を使う必要はないだろぉぉ!?) 『だって貴方、他の人間と比べてすっごく入りやすかったんだもの。こんなチャンス二度と無いでしょ? だから手を貸してよね』 (いやだァァ!! 人殺しになんかなりたくないー!!) 「な、なあ君、積極的なのは嬉しいんだけどいったんこの手を離してくれないか? ちょーっとだけ痛いっていうか……もうすぐ電車が通過するし、この場所は少し危ないかなーって」 (逃げておじさん、俺から逃げて……!)  全身全霊でそう訴えているのに、身体は全く動かないし手も動かない。 リーマンの腕をかなりの力で握りしめているので、自分自身の手も痛い。 「槐君! クソッ、離れないな……」 「なあ君、一瞬だけ! 一瞬だけでいいから手を離してくれないか!? 腕がもげそうに痛いんだァ! 君の愛はもう十分に伝わったからー!!」 「オッサンうるせぇ! 集中できねーから黙れクソが!」 「な、なんだと~!? 痛い痛い~!!」  礼二郎の反応が無いせいか、さっきから柴がバシバシと激しく背中を叩いてくる。(そして何故かリーマンを口汚く罵倒している)  それでも礼二郎の身体はピクリとも動かない。サラリーマンは自ら身を捩って礼二郎から離れようとしているので、今手が離れたら自分から線路に飛び込む形になってしまう。 (タイミングが来たら、手が離れる)  ゴオォッと激しい音を立てながら、電車が近づいて来る。 (い、いやだ……誰か……!) 『うふふ……死ね』  女がそう囁いた、その瞬間。

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