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③
「虎鉄!!」
柴が叫んだ。その瞬間、何もない空間から小さな茶色の柴犬がポンッと姿を現し、そして――
「槐君、ごめん!」
「んぅ!?」
唐突に、礼二郎の唇に何か柔らかいものが触れた。超至近距離に柴の整った顔があり、眼鏡の奥の少し焦っている瞳と目が合う。
礼二郎は柴に口付けられていた。またしても公衆の面前で、逃げられないように後頭部を抑えられ、ブチュッと、ブチュ~~~っと。(しつこ)
「ンぅ……っ!?」
色々吸われているような――否、吹き込まれているような、そんな感覚だった。そして唇が離れた瞬間、ピクッと自分の意思で指先が動かせた。
(う、動ける! 自分で動かせる!!)
『きゃあ!! な、何よこの犬!?』
「……出たぞ虎鉄、噛みつけ!」
ワンッ!
ゴオオオオオオッ(電車通過中)
それは、とてもこの世のものとは思えない光景だった。
可愛い柴犬が低く唸りながら牙を剥いて、頭から血を流している女(の霊)のふくらはぎに思いきり咬みついている。
女は頭部の方が明らかに重傷を負っているいるのだが、そちらは構わずに
『ちょっと何よこの犬っころ~!! あーもう! 電車が行っちゃったじゃないのよォ~~!!』
と、怒り狂っている。
サラリーマンはその場にすっ転び、『青年の愛が強くて痛すぎる……僕にはとても受け止めきれない……』とかなんとか言いながら腕を擦っている。
礼二郎はすっかり腰が抜けていたが、背後から柴にしっかりと抱きかかえられてなんとか立っている状態だった。――しかし。
「ど、どうなってんだこれ……俺、助かったの? いや、俺じゃなくておじさんは……? あ、良かった死んでない……ていうかあのワンちゃんは一体どこから現れたんだ……??」
綺麗に混乱していた。
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