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27:柴の部屋①

柴は礼二郎の落とした買い物袋を拾って、いまだに泣きながら子泣き爺のようにしがみついてくる礼二郎の腰辺りを片手で支えてエレベーターに乗り、3階のボタンを押した。 「ううっ、柴君、柴君……っ」 「礼二郎君、もう大丈夫だからね」 そういえば大学で別れた時から、柴からの呼ばれ方が『礼二郎君』と名前呼びになっていることに再び気が付いた。  友達やバイト先の人たちはみんな礼二郎のことは名前で呼ぶし(何故かは分からない)その事について、何も思ったことはなかった。 だから最初から礼二郎のことを『槐君』と呼んでいた柴の存在が新鮮でもあったのだ。 「あの、柴君はなんで……」 「ん?」 柴は礼二郎に返事を返しながらポケットから鍵を取り出すと、ガチャリと突っ込んでドアを開けた。その途端、中からまるで普通に飼われているペットのように虎鉄が飛び出してきた。 ワン! 「ああ! こてっちゃあぁん!」 礼二郎はみずから質問しかけたことを忘れて、柴からパッと離れると、今日一日でかなり慣れ親しんだ虎鉄に手を伸ばした。背中や顔の辺りの空間をワシャワシャ撫でくりまわす。 もちろん手を伸ばしたところで何の感触もないのだが、それでも虎鉄は気持ちよさそうな顔でクゥ~ンと鳴いた。

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