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36:事件です①

 突然、今までご機嫌だった虎鉄が急に礼二郎に甘えるのをやめ、険しい顔をして低く唸りだした。 「えっ、何? どうしたんだこてっちゃん」 ウゥ~…… 「……虎鉄?」  虎鉄は礼二郎から距離を置くと、何故かお隣――柴の部屋とは逆方向に向かって、激しく吠え始めたのだ。 ワンワン!! ワンワン!! 「な、何で? 何で急にこてっちゃん、怒りだしたんだ!?」  まさか飼い主を自分に取られたからじゃあるまいな、と礼二郎は思った。しかしそれなら壁に向かって吠えている理由が分からない。 「……礼二郎、」 「え、何?」 「今朝、隣の部屋の人とベランダで会って会話したって言ってたよね?」 「うん。……あ、いや、話したっていうか一方的に俺がしゃべっただけで、向こうは何も返してくれなかったけど……」 「なるほど……」  柴はふむ、と顎に手を当てて考えるポーズをしたあと、ゆっくりと言った。 「礼二郎、驚かないで聞いてくれる?」 「な、なんでしょう……?」 「虎鉄は死臭を嗅ぎあてるんだ。――隣人は、おそらく死んでいる」 「はっ?」 (なんですと??) 「多分、今朝はもう既に亡くなっていたはず。だから返事をしなかったんだよ」 「………!?!?」  礼二郎は、驚きすぎて声も出ない。悲鳴こそ出なかったが、代わりにガタガタと全身が震えだした。

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