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番外編:柴京介の徒然除霊日記【2】
※番外編その2。
サブタイトルは『京介、槐礼二郎について妙な噂を耳にする』です。
*
「……マジか」
うちの大学の経済学部に、めちゃくちゃ王子様みたいなイケメンがいるという噂は入学して早い段階で知っていた。
何故なら俺はかなりの面食いで、その上バイセクシャルなので、美しい男女はどちらも『あー、あの人か』くらいのノリでチェックしているからだ。
ただそのイケメンが『槐礼二郎』というなんだか華族みたいな名前で、そいつが渡邉さんの言っていた隣に越してきた俺好みっぽいイケメン、と一致したことは素直に驚いた。
その美しい後ろ姿が同じマンションの隣の部屋に入って行くのを見たときは、思わず足が止まってしまったくらいだ。
ここがわりと有名な幽霊マンションだってことは本当に知らないのだろうか……まあ、事故部屋は俺が入って除霊したけど。
どっちかは分からないが、彼女や友人を呼ぶには手狭すぎる部屋に、彼みたいな華やかな人間が住んでいるのは正直言って衝撃だった。
かなり失礼だが、どう見ても年上で外資系に勤める高級取りな彼女のヒモでもやっていて、タワマンの超広い部屋でワインを片手に寛いでいるイメージだからだ……見た目は。
しかも毎朝毎晩、窓を開けると隣からふわんといい匂いが漂ってくる。どうやら料理が趣味らしい。
俺は料理がまったくできないわけじゃないが、一人暮らしだと自炊はかえって金がかかるというし、何より全くやる気がないので毎日スーパーの総菜やコンビニ弁当生活だ。
不摂生だとは思うが、大学生の男の一人暮らしなんてこんなものだろう。毎日ゴミはまあまあ出るが、ゴミ捨ての日を忘れなければ問題はない。
そして一番意外だったのは、隣の生活音がとても静かなことだった。
今まで気付かなかったのだから当たり前だが、彼が友人や彼女を連れ込んでいる様子は一度も無かった。
大学では友人と一緒にいるのをよく見かけるし、女に声も掛けられているから友達がいないとか、モテないわけではないだろう。
特定の彼女は作らず、家以外の場所で派手に遊んでいるのだろうか? でも彼に憑いている複数の女性の生霊は、騙されて悔しいとか、恨んでいるとか、そういう感情は一切見られない。
まるで守護霊のような顔をして図々しく彼にくっ憑いているが、お前ら別に守護霊じゃないからな。
まあ、そんな感じだから俺も彼に憑いている生霊はほっといたワケだが……。(モテる奴は大体いつも複数の生霊を背負っているから、別に彼が特別なわけではないのだ)
――そんなある日。
「ねえねえ聞いた? 経済学部の礼二郎君のウワサ!」
「あー聞いた、EDなんでしょ~? あんなイケメンなのに可哀想っていうか、不憫っていうか、なんかもう色々ひっくるめてかっわいいよねぇ♡」
(!!?!)
食堂で、丁度後ろに座っていた女たちが嬉々と話しているのを偶然聞いてしまった。他人の噂話を勝手に聞くのは気が引けるが、話題も話題だし――何より俺は固まってしまったのだから仕方ない。耳を傾けてしっかり聞いた。
「EDってことは、もしかしてまだ童貞なのかな?」
「あの顔で!? 初体験でよっぽどヒドイ体験したか、怖い想いしたんじゃないの? ホテルの部屋に入った途端に号泣したらしいよ」
「なにそれ、超ウケるんだけどww」
「ていうか可哀想すぎるよね、どっちもww」
(そう、なのか……)
彼はあんなに美しいのに、その容姿を生かせないなんて(主にシモ関係に)確かに同じ男として気の毒ではある。
「でも、あたしは理工学部の柴京介君かな♡」
いきなり自分の名前が出て、思わず口に含んでいたラーメンを噴きそうになった。あぶないあぶない。
「えーそれ誰? 理工とかオタクのダサい男子ばっかじゃないのぉ?」
「それがいるのよ、ちょっと地味ではあるけど、背ぇ高くてイケメンで服装もめっちゃオシャレなの♡ 隣に連れて歩いたらかなり自慢できそうなかんじ♡」
「え~合コンしたーい! 誰か知り合いいないかな?」
「ダメよ、柴君はあたしが先に目ぇ付けたんだからねっ」
「ズル~い!」
「アンタには礼二郎君がいるでしょー」
「連れて歩くだけならいいけど、エッチできなきゃ付き合っても意味ないじゃん!」
(アクセサリー感覚か……まあ俺も面食いだから、えらそうに人のコトは言えないけど)
隣の席に座っていた同じ学部の友人が俺に軽く肘鉄を食らわせてきた。俺はそいつを横目で睨みつつ、後ろの女たちに自分の存在がバレないうちに食堂を後にした。
それと女たちが彼を馬鹿にしていたのが純粋にムカついたので、昔この大学で自殺したらしい理工学部の男の死霊を二体、それぞれにくっ憑けてから。(別にどうにもならないけど、ちょっとした悪戯だ)
霊は若い女に憑けて『デュフフフフ……』と嬉しそうだ。良かったな。
*
槐君と友達になりたい。
今朝偶然同じ電車に乗っていて、変なオッサンにナンパされていたから助けたけど、もう俺の事なんて忘れているだろうな。
それでも、その事にかこつけても、友達になりたい。打算的だろうか。
あわよくば友達以上、彼氏になりたい。
EDとかそんなの俺は気にしないし。つーか俺がタチやりたいから、チンコ使わなくてもセックス出来るしな……。
ワン!
――なんて邪なことを考えていると、虎鉄に吠えられた。こいつは子犬だから、そういうことに関しては理解が無い。めちゃくちゃ可愛いけど、そこだけは少し困ったものだ。
虎鉄が怒るから、俺も女を家に連れ込んだことはない。というか、この線香の匂いを怖がられるのもあるし、今まで付き合ったのは俺が寺の次男坊だと知ってる女だけだ。でも大体自然消滅した。
男とヤったことも勿論あるが、どいつもこいつもヤることだけが目的で、付き合うまでには至らなかった。
(もし運よく槐君と付き合えたとしても、また自然消滅したり、身体だけの関係になってしまうのかな……)
あまり相手に執着しないという自分の冷めた性格が破局の原因の大半だと分かってはいるが、ヤレ毎日電話やラインをしろだの、女は面倒臭い。男はそういう面は面倒臭くないが、如何せん軽すぎる。
凄く好きになった相手と、じっくり恋愛したいと思うくらいには俺はロマンチストなのに、残念ながら今のところそういう相手と巡り合ったことがない。
人に執着しないのは、幼い頃から霊と接して、命あるものはいつか必ず死ぬのだと分かっているせいだろうか。
だからこそ、限りある生を満喫したいと思っているのに……。
(勉強出来ても商売が上手でも、色事はなかなかうまくいかないな)
昔から俺と仲の悪い兄の|政宗《まさむね》には長く付き合っている婚約者がおり、毎日幸せそうだ。
霊能力はゴミみたいなレベルのくせに、『俺には|清花《きよか》ちゃんがいるからいいんだよ! そんな能力なんかでお前に負けてもぜーっんぜん悔しくないもんねー!』とかなんとかケンカを売ってくる。あまりにもウザいので、俺は家を出たわけだが……。
俺はこのズバ抜けた能力と引き換えに、心から愛せる相手と出逢える運命をなくしてしまったのかもしれない。
なんて自分に酔って悲観してしまうくらい、今夜の俺は何故か気分が落ちていた。男をアクセサリー代わりにする女なんかクソ食らえだ。ヤりたいだけの尻軽男もな。
――槐君と友達になりたい。
あの綺麗な顔を、いつもすぐそばで眺めていたい。
恋人になれたら……なんて、大層なことは望まないから。いや、もし友達になれたらもちろん頑張るけど。
思うのだけは自由だからな。
(結局、遠くから眺めてるだけが一番いいのかもしれないけど)
気分転換に映画でも観ようかな、とリモコンに手を伸ばした。
お隣からまるで女の子みたいなけたたましい悲鳴が響くのは、今から数分後のことだ。
柴京介の徒然除霊日記②【終】
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