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槐君の帰りが遅いな……。 今朝、槐君は俺に今晩カレーを作ってくれると言ってくれたけど、今帰ってきて作り始めたら食べるのは結構遅い時間になるというか……普通に大変だろう。 そう思った俺はお迎えがてら、二人分の晩御飯を買いに行くことにした。 すると、エレベーターでエントランスに降りたところで丁度帰宅した槐君に会った。 槐君はひどく疲れた顔をしていて、俺の顔を見るなりひどく号泣し、助けを求めるように抱きついてきた。 俺は自分がここまで彼に頼られていたことに驚くと同時に、人一倍怖がりな槐君が今までいかに霊に苦しめられてきたのか、誰にも相談できなかった彼の孤独をほんの少し、分かった気がした。 除霊はできなくとも、槐君のように時々霊が見える霊媒体質の人間はたまにいる。 でも昨日鎌をかけてみたところ、槐君は俺に『実は俺、霊が視えるんだ』とは一言も言わなかった。 ひょっとして、以前そういうことを誰かに言って嫌な想いをしたのかもしれない。それで自分が霊媒体質だということを、今まで誰にも言えなかったのかも……。 そのせいかは分からないけど、自分のことに関しては結構無頓着な印象も受けた。 昨日の夜話したとき、やたらとナルシストな言動はするものの危機感がないというか……自分が痴漢の被害に遭ったことを告白しても、『男なのにな』と俺に笑われるのを期待していたようだった。 そんな彼の姿が痛ましくて、いとしくて、俺は初めて誰かのことを真剣に『守りたい』と思ったんだ。 * 槐君はバイト中に浮遊霊に憑かれていたようで、俺の部屋に呼んですぐに除霊した。 俺の部屋は線香の香りと虎鉄の気配が蔓延しているので、浮遊霊も、強力な生霊さえも近付けない。 その後、また槐君の部屋にお呼ばれした。レトルトだが約束通りカレーをご馳走してくれると言って。なんて律儀でいい子なんだろう。もうたまらなく好きだ。 俺が次の更新で引っ越すということを伝えたらかなりのショックを受けていたけど、次の引越しは槐君も一緒に行くんだよ?? ……とは、まだ言えない。 それにしても……スタイリッシュなカフェエプロンを着けて台所に立つ槐君の姿がやたらとエロくて、俺はじっと待っていることができず、つい隣に立ってしまった。 さっきどうしていきなり名前で呼び始めたのか、なんて照れ臭い質問をしてきたから、礼二郎にもこれから俺のこと、名前で呼んでもらおうと思って。 戸惑いながらも、たどたどしく『京介』って俺の名前を呼ぶ礼二郎が可愛くて。 俺から引き寄せたのに、まるで引き寄せられたように唇を重ねてしまった。 礼二郎が、そっと目を閉じたから……。 拒否られたらすぐに止めようと思っていたのに、何故か礼二郎は全く拒否せず、大人しく俺のキスを受け入れていた。 それはそれで嬉しくて、つい調子に乗って何度もキスしてしまったけど、内心俺はかなり焦っていた。 (礼二郎、もしかしてキスは慣れてる……? 霊に邪魔されるからマトモに女と付き合ったことがないと言っていたけど、コミュニケーションのレベルでは誰とでもキスしてる、とか? え、もしかして帰国子女だった?? キスが挨拶の国から来た???) ──などなど。 鍋がとてつもなく沸騰していたから俺からキスをやめてしまったけど……あのまま続けていたら俺達は、その先の行為まで致してしまったのでは……? なんてのは、俺の妄想。 けど、俺が感じた不安は本当。 しかしそんな俺の心配などまるで杞憂だったことを知るのは、更にもう少し後のことだ。 柴京介の徒然除霊日記③【終】

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