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第8話
清明が仕事部屋として使っている書院は、昔は祖父が使っていた場所で、置いてあるものが全体的に古めかしい。
本人はそこが気に入っているので特に手をいれることなくそのまま使っている。
遅い時間に、灯りをつけて黙々と書き物をしていた清明は足音を聞いて顔を上げた。
「清明様、失礼いたします」
「フォンか、入れ」
フォンと呼ばれた男は、数年前に清明が父親の仕事を手伝うようになってから清明に仕えている。
「父上の具合はどうだ?」
フォンは険しい表情で答える。
「知事は先ほど落ち着いてお眠りになられましたが、あまり状態は良くはないようです」
「そうか……どうも寒くなってくると毎年調子を崩すな」
清明の父が胸を押さえて倒れたのが今日の朝。
清明の父はこの辺り一帯の知事を務めている。
先日まで清明の成人の祝いがあり、祝いは一般でも一週間のところ、知事の息子だけあってさらに盛大に行われた。
連日の宴に、来客に、と疲れも出たのだろう。
代わりに清明が職務をこなし、その後自分の書類に取り掛かったころにはもう外は暗くなっていた。
「大猪の件は」
「そちら、やはり清明様の書簡に書いてあった場所には祠があったようで、すぐに代わりの祠を建てました」
「おそらくそれで大猪は出なくなると思うのだが、原因を突き止めなければならないな」
「見張りをつけております」
「向こうから姿を現すかもしれん。しっかり見ておいてくれ」
「はい」
下がろうとしたフォンを、そういえば、と引き留めて、
「あれこれ頼んで悪いが、ちょっと贈り物を探していてな」
「成人祝いのお返しでしたら既に手配を」
「いや、このあいだ怪我をした時に世話になった者へのお礼だ」
「如何いたしましょう」
「茶器を一揃い、装飾は少なめで上品なものがものがよいな」
「承知いたしました」
国境の村まで馬車で向かっても二日はかかる。往復のことを考えると、なかなか屋敷を離れるわけにもいかず、都合をつけてようやく支度が整ったころには半年ほどが経っていた。
「すっかり遅くなってしまった」
クロも新しい仮面をつけて準備万端だ。
お礼に行くだけなのでクロを連れて行く必要はないのだが、春雷がクロのことを気に入っていた様子だったので連れて行くことにした。
玄天先生の家に到着すると、息子が出迎えれくて家の中に通された。
奥から先生が出てきて挨拶を交わす。
「元気になったようだな」
そして清明が持ってきた治療費と宿代を「要らんと言ったのに…」と言いつつ突き返すわけにもいかず受け取った。
「それにしても、知事のご子息だったとは」
「言いそびれてしまいまして……」
「春雷が君を連れて帰ってきた時に、おそらく貴族だろうと言っていたが」
清明は驚いて聞き返す。
「なぜわかったんでしょう?」
「おそらくは、珍しいお香のような香りがするからだろう。私も今まで多くの人に触れてきたが、なかなかそんな人は普通には居らんからな」
清明は身なりで目立たないようにしていたつもりだったが、そこまでは思い至っていなかった。
「春雷は、また山に?」
姿が見えなかったので聞いてみる。
「そうそう、春雷はここで学べることはおよそ学び終わって2ヶ月ほど前に出て行ったよ。まだしばらくは勉強をして回ると言っていたかな」
感の良い子だったなぁ、と話してくれた。
まさか、すでに居なくなっているとは思いもよらなかった清明は「そうでしたか」としか言えず、しばらく世間話をしたのち診療の邪魔にならないよう先生の家を後にした。
帰り道、馬車に揺られながら清明はぼんやりと考え事をしていた。
クロが清明の様子をうかがっている。
「会えなかったな、クロ……」
春雷に渡そうと思っていた茶器も、渡せずに持って帰ってきてしまった。
他愛もない話はあれこれしたが、春雷の母親の話のこともあって家や身内の話題を避けた結果、お互いの身元のわかる話を何もしていなかった。
「また会えるだろうか」
戻ったら、またしばらく忙しい日々が待っている。
民のために働くのは忙しくても苦ではない。
しかし、何かあればすぐ自ら行動したくなってしまう清明は、ここでこのまま屋敷に戻らねばならないのがもどかしいのだった。上に立つ立場の人間として、直さなければならないと、自覚はしている。
清明は小さくため息をついて、心配そうな顔をしているクロの頭をわしわしと撫でた。
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