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第二章②

 約束の日が来た。薫は再び肇のアパートを訪れた。   「えっっ!?」    肇は既に裸だった。薫は思わず目を逸らす。先日既に目にしていたが、この男の裸は青少年には目の毒だ。   「早ぇよ」    肇は特に慌てることもなく、あからさまに不満げな顔をした。よく見れば、何ということはない。肇はただ、真純のおむつを替えているだけだった。なぜ裸なのかといえば、髪が湿っていることから察するに、風呂上がりなのだろう。   「ほら、できたぞ」    おむつを履かされている間からずっとうずうずと動きたそうにしていた真純は、ぴょこんと飛び跳ねるととことこと居間を駆けた。   「待てこら、逃げんな。服を着ろ」    肇は真純を追いかけて下着を着せる。パジャマも着せようとすると真純は嫌がり、自分で着たがった。   「できんのか?」    真純は、ふらふらとよろめきながらも一生懸命ズボンに足を通し、袖に腕を通した。その隙に肇も服を着る。できたことをアピールするためか、真純はきゃあきゃあ笑って肇に抱きついた。   「よーしよし、えらかったな」    肇はにこやかに真純を抱き上げる。高い高いをすると、真純はきゃっきゃっと子供らしい高い声で笑った。   「何見てんだよ」 「いや、別に」    肇は小声で薫を睨んだ。薫も何となく小声で返す。   「歯ブラシ」 「は?」 「風呂場から歯ブラシ取ってこい」 「えぇ……」 「真純が虫歯になったらどうすんだよ」    肇は、薫に対しては高圧的に振る舞うくせに、真純に対しては真っ当な父親の顔になる。嫌がる真純に膝枕をして、まだ生え揃っていない乳歯を丁寧に磨いていく。電気を消して、同じ布団へ横になって、真純が寝付くまでそばにいてあげる。  薫は真純が羨ましくなった。小さい頃、自分は親にこんなことをしてもらっただろうか。世話をしてくれる人はたくさんいたけれど、両親はいつだって忙しくて、薫と一緒に寝てくれるような暇はなかった。   「よォ、待たせたな」    キッチンの隅に座り込んで待っていた薫を、肇は覗き込んだ。   「寒くなかったか? わりぃな、坊ちゃんをこんなとこにほったらかしちまって」 「いいよ、別に」 「んじゃ、早速すっか」    煌々とした蛍光灯に照らされた居間に、一組の布団が敷かれていた。人気のキャラクターがプリントされたパステルカラーの布団カバーが、子供のいる家庭であることを実感させた。   「どんなプレイがお好みだ? こっちも一応商売だ。なるべく要望に合わせるぜ」 「え、と……」 「なんだ、いっちょ前に緊張してんのか? 童貞クン」    肇は嘲るように口角を持ち上げる。   「わ、悪い? 色々あるんだよ、坊ちゃんにもさ」 「わーってるよ。所構わず種蒔いてたらどうしようもねぇもんな」    鍛えられた豊満な胸を押し付けるようにして、肇は薫に圧し掛かった。ぞっとするほど蠱惑的な笑みを湛えて、肇は薫を見下ろす。   「夢見させてやるよ」 「っ……」    赤い舌が唇を濡らす。そっと体に触れられると、薫はもう身動きできない。息さえできないほど、心臓が早鐘を打っていた。      顔を上げるのも億劫だ。指一本動かしたくない。  素っ裸のまま、薫は枕に突っ伏していた。その隣で、同じく素っ裸のまま横になった肇は、すっかりバテてしまった薫を尻目ににやにやと笑った。   「どうだよ、坊ちゃん。脱童貞の感想は?」 「……どうもこうも……」 「なかなかいいだろ。俺のケツも」 「……っ」    よかったなんてもんじゃない。挿れる前に口でもしてもらったが、人の口があんなに気持ちいいなんて知らなかった。腰が砕けそうで、しかしイかせてはもらえず、寸止めの状態で挿入に至ったため、秒でイッた。  己の醜態を思い出し、薫は悶絶する。挿れた瞬間にイクなんて、繊細な青少年のプライドはズタボロである。その後、頼み込んで二回戦に持ち込んだが、こちらもものの数分で達してしまった。  感想なんてない。肇の躰を味わうより先に、行為は終わってしまったのだ。とにかく気持ちよくて、頭が痺れてどうにかなりそうで、神経が壊れたみたいに体が言うことを聞かなくて、気付けば人生初にして最大の快感を手にしていた。   「なぁ、そう落ち込むなって。初めてのセックスなんて、みんなこんなもんだろ」 「……あんたもそうだった?」 「俺は……」    肇は、もう我慢できないという風に吹き出した。   「ちょっと、やっぱ馬鹿にしてんじゃん!」 「いや、わりぃわりぃ。何せ三擦り半も持たねぇとは思わなかったもんでよぉ」 「二回目はもっと持ったし!」 「二回目だからだろ。まさかあんなにすぐ暴発すっとはなぁ。マジで笑えるぜ。あの薫坊ちゃんが、まさかこんなにザコ――」 「もぉお、それ以上言うなって!」 「は~、このネタで一生笑える」 「今すぐ忘れて!」    怒りと羞恥で顔を真っ赤にする薫を、肇は完全にガキ扱いして軽くあしらう。   「まーでも、お前のココは悪くないと思うぜ?」    肇はふと声のトーンを落とした。妙に色気のある声に、薫は飽きもせずドキリとする。   「結構でけぇし、カリの張りもえぐい。俺好みだな」    布団の上から、そっと下腹部を撫でられる。二回も欲を吐き出したというのに、うっかり兆しそうになる。   「もっかいするか? サービスしてやるよ」    誘うように、艶めく舌が妖しく覗く。肇は、薫の上へ跨ろうとした。   「……今日はもうしない」 「あぁ? 生意気なガキだな。俺がしてやるっつってんのに」 「サービスなら、もっと別のことがしたい」 「ふぅん? 何がしたい。言ってみろ」    挑発するような眼差しで、肇は薫を見下ろした。

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