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第三章②

 黄色いクマの大好物であるハチミツを求めて冒険する、というコンセプトのアトラクションだった。リアルに動くキャラクター達に真純は目を輝かせて、たくさん手を振っていた。   「楽しかったね」    薫が言うと、真純は元気に頷く。   「かぁいかった」 「クマさん、かわいかったね」 「もっかいのる」 「も、もう一回かぁ……」    割合人気のアトラクションであり、待ち時間も長めだ。途中で愚図りそうになる真純に、肇がグミやラムネを与えて、どうにか並びきったのである。それをもう一回、と思うと薫は気が引けた。   「何言ってんだ、真純。乗り物は他にもいっぱいあんだぞ。もっと色々見てから決めろ」    肇は真純を軽々と肩車する。   「何が見える」 「ぞうしゃん!」 「乗るか、ぞうさん」 「のるー!」    こういう時、肇はやっぱりお父さんなのだと薫は痛感する。いくら真似をしようとしても、薫は真純の親にはなれない。真純のことを一番よく分かっているのは肇だし、真純も肇が一番大好きなのだ。  空飛ぶゾウのアトラクションも、真純は大いに気に入ったらしかった。子供向けにしてはスリルがあって、それがまた楽しかったのだろう。   「ま、真純はゾウに乗るプロだからな」 「どういうこと?」 「薬局とかによく置いてあんだろ。あれだ」 「ああ、あれ……そんなに好きなんだ」 「見かける度乗りたがって困んだよ」    次に乗ったコーヒーカップで、真純は座席に立ち上がる勢いで大喜びしていたし、メリーゴーランドは一番外側の大きな馬に肇と二人乗りをして、ご機嫌に手を振っていた。もちろん、その様子を薫は逐一カメラに収めた。     「ねぇねぇ、ちょっと気になってたんだけど」    ポップコーンを食べながら、ベンチで休憩していた。真純の好きなクマがモチーフのバケットに、ハチミツ味のポップコーンがどっさり入っている。真純はバケットを独り占めしてもくもくと食べる。「一つちょうだい」と薫がお願いすれば分けてくれる。   「誕生日だとシールもらえるっぽくない?」 「んなもんいらねぇだろ」 「え~……でもほら、あの子とかさ。胸のとこに、白いシール貼ってるでしょ」    胸元に大きな丸いシールを貼り付けた小学生くらいの女の子に、「ハッピーバースデー!」とキャストが声をかけていた。女の子は嬉しそうにはにかんで、母親も嬉しそうにお礼を言っている。   「ねぇ、よくない? たくさんの人に真純の誕生を祝ってもらおうよ」 「んな大袈裟にする必要ねぇだろ」 「僕ちょっと聞いてくるね」 「俺の話も聞けよ」    近くにいたスタッフに頼むと、すぐに対応してくれた。シールに名前と日付と、ちょっとしたイラストまで添えて、誕生日を祝ってくれた。真純本人はそれが何かよく分かっていないらしく、きょとんとした顔をしていたが。  それから、行く先々で真純は誕生日を祝われた。アトラクションに乗る時も、ワゴン販売の土産や軽食を見ている時も、ショップやレストランに入った時も。  最初は知らない人間を警戒して肇に引っ付いていた真純だが、スタッフのお姉さんに笑顔でお祝いされるうちに、これはどうやら楽しいことらしいと気付いたようだった。   「ありがとうって言ってごらん。ありがとう」 「ありあとー」 「よく言えたねぇ」    薫が頭を撫でると、真純は嬉しそうに笑った。      軽く昼食を済ませた後、蒸気機関車で園内を一周するアトラクションに乗った。待機列に並んでいた時ははしゃいでいた真純だが、乗り物の揺れが心地よかったのか、発車してすぐに眠ってしまった。  肇の膝に抱っこされて気持ちよさそうに眠る真純を、肇は慈愛の表情で見つめて頭を撫でる。薫がすかさずシャッターを切ると、肇はあからさまに不服な顔をする。   「盗撮すんな」 「記念撮影って言ってよ。帰ったらアルバム作るんだから」 「んなめんどくせぇことしてんじゃねぇよ。意味分かんねぇ」 「だって大事な思い出だもん。ちゃんと残しておきたいじゃん」    真純が昼寝に飽きるまでは休憩時間だ。ベンチでぼんやりしていると、タイミングよくパレードが始まった。  カラフルに飾り付けられたフロートに乗って、王子様やお姫様、魔法使いや妖精、小人、様々な動物達が、愉快な音楽と共に園内を一周する。道行く人も足を止めて、キャラクターに手を振って、子供はノリノリで踊り出す。  賑やかさにつられたか、真純は目を覚ました。小さくあくびをして、瞼を擦る。きょろきょろと辺りを見回して、遊園地に来ていたことを思い出す。   「ぱぱぁ、あれ」    真純はパレードを指差した。   「パレードってやつらしい」 「わんわん」 「ありゃ犬じゃねぇ。猫だろ」 「猫でもないよ。狐だよ」 「わんわん!」    身を乗り出してはしゃぐ真純を、肇は軽く抱き上げて肩に乗せた。そのまま立ち上がれば、真純はかなり高い位置からパレードを見ることができる。真純は肇の頭にしっかり抱きついて、バタバタと足を揺らした。   「ぱぱぁ、わんわん!」 「猫だっつの」 「狐だってば」    キラキラと眩しいおとぎの国の住人が、音楽に合わせて踊りながら目の前を通り過ぎていく。ゲストに手を振ってくれたり、投げキッスをしてくれたりする。父親に肩車されて一生懸命に手を振る真純の姿は目を引いたのか、多くのキャラクターが反応してくれた。      有名な童話をモチーフにしたレストランで夕食にした。意地悪な女王やトランプの兵隊、赤いペンキで塗られた白い薔薇など、童話のモチーフが至るところに散りばめられている。  細部までこだわった装飾もさることながら、薫がこの店を選んだのにはもう一つ理由があった。   「誕生日おめでとう、真純くん」    雪のようなクリームと赤々としたイチゴに彩られたホールケーキが登場する。薫が拍手をすると、真純もぱちぱちと手を叩いた。  このレストランは、園内で唯一誕生日ケーキを提供してくれる店なのだ。昨日の夜に急いで下調べしておいてよかった、と薫は思った。   「けーき」 「そうだよ。お誕生日ケーキ。おいしそうだね」 「かぁいいねぇ」 「でかくねぇか」 「三人で食べるんだから余裕でしょ」 「真純を一人にカウントすんなよ」 「半分以上は僕が食べるから大丈夫だって」 「食い過ぎだろ」    入刀は肇にやってもらおうと思ったのに、不器用だからと断られ、薫が切り分けることとなった。  ふわふわのスポンジと滑らかな生クリームが層になった、一般的なショートケーキである。中には桃やミカンなどのフルーツがたっぷり詰まっている。クリームは甘めだが、フルーツの酸味でバランスが取れており、いくらでも食べられそうだった。   「ぱぱ、いちご」    上手にフォークを握り、静かにお座りしてケーキを食べていた真純だが、肇の残していたイチゴを目敏く見つけて欲しがった。   「自分の分はもう食ったろうが」 「いちご、ちょーだい。ぱーぱ」 「甘えりゃいいと思って」    肇は、皿の隅に置いていたイチゴを摘まんで、真純の口に放り込んだ。もちもちのほっぺたを丸く膨らませてイチゴを頬張る真純の姿は、例えようもなく愛くるしい。   「おいしーねぇ、ぱぱぁ」 「よかったな」 「真純くん、僕のイチゴもあげよっか」 「やめろ。甘やかして癖ついたらどうすんだよ」 「えっ、肇が先に甘やかしたんじゃん」 「俺のは教育だ」 「そうなの……?」

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