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第七章③ ♡
「おい」
肇が耳元で囁き、薫を軽く揺さぶる。薫ははっと目を開けた。
「寝てんじゃねぇよ。夜はこれからだろ」
「ごめん、いい声でつい――」
薫の上へ馬乗りになった肇に唇を奪われた。やけに甘い唇だ。熱い舌が、まるで別の生き物のように蠢いて、薫の口腔へ滑り込んでくる。
「ぁ、ン……んん……っ」
ぴちゃぴちゃと唾液を交換する、性の匂いが香り立つキスだ。しっとりとした肇の吐息にぞくぞくする。腰がじくじくと熱を持つ。
「ねぇ、もう……したい……」
キスの合間に薫が囁けば、肇はゆっくりと顔を上げた。艶めく舌を銀糸が伝う。その姿があまりに淫靡で、薫は思わず肇を組み敷いた。
「待て、ここじゃ嫌だ……」
男を煽るためにあるような台詞を言って、肇は顔を赤らめる。そんなの関係ない! と構わず突き進みそうになった薫だが、隣の布団を見て考えを改めた。真純が、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめてすやすやと眠っていた。
「……隣の部屋行こっか」
居間に布団を移動させた。オレンジ色の電球に照らされた部屋に、時計の秒針が響く。
「……来いよ」
「うん……」
肇は少し緊張しているようだった。珍しいこともあるものだ。というか、初めてかもしれない。元々性に奔放で、こういったことにも慣れっこで、男を掌で転がすことに長けている肇が、何やら今日はしおらしい。いつも薫を一方的に翻弄して楽しんでいるくせに、今日は何か雰囲気が違う。
「……気分じゃねぇか?」
少し落ち込んだような肇の声に、薫は心臓を掴まれる思いがした。
「んなわけないじゃん。ちょっと緊張してんの。久しぶりだからさ」
薫は優しくキスをした。ちゅ、ちゅ、と啄むようなキスを繰り返して、シャツの裾にそっと手を忍ばせる。腹筋の溝に沿って指先でなぞると、肇は微かに身を捩った。
「んっ……」
「ねぇ、今日は僕のしたいようにしていいの?」
「……好きにしろよ」
「いーっぱい甘やかして、とろとろにしてあげたい。いい?」
「できるもんなら……っ……」
豊満な胸の先端にある控えめな突起を摘まむと、肇は息を詰めた。
「小っちゃいけど、ちゃんと勃ってるね。かわいー」
「っせぇな。男の乳首とかどうでも……」
「どうでもいいなら飽きるまで弄るね」
「あ? おい……」
今まであまり触らせてもらえなかった。乳首なんか弄っても金にならないと肇が怒るのだ。追加料金払うからとごねても、時間ばかりかかってしょうがないと取り合ってくれなかった。
が、あれはきっと言い訳だったのだろう。乳首で感じるから、触られたくなかったのだ。だって、今こんなに乱れている。
「っ、くそ……しつけぇ、っ」
「だってかわいいんだもん。男のくせに、乳首こんなに腫らしちゃって」
つんと尖ったところに歯を立てて甘噛みし、軽く扱きながら尖端を舌先でくすぐる。もう一方は手で愛撫する。つんと尖ったところを指先でくるくる撫で回して、時折強めに抓ってやる。
「んっ、も……やせがまんすんなって」
「うん。逆もしてあげるね」
「ひとのはなし、を……っ」
唾液の滑りを利用して引っ掻いたり捏ね回したり。もう一方は唾液を含ませて舐ったり吸い上げたり。薫の愛撫に応えるように、肇の喘ぎはだんだんと切羽詰まったものに変化していく。必死に噛み殺そうとしても、衝動的に漏れる声は抑えられない。
「ぁ、っも……やめ、って…………んン゛、っ――――っっ」
やがて大きく痙攣した。ビクン、と大きく跳ねて、それから小刻みに震える。微かな喘ぎを漏らしながら、肇はゆっくりと脱力した。
「えっ、うそ。イッ……」
薫が呟くと、肇はじろりと薫を睨んだ。
「パンツん中が最悪なんだが」
「ごめ、すぐ脱がすね」
「なんでそうなる」
ハーフパンツごと下着を脱がした。男くさい濃厚な精液でべったりと濡れていた。
「真純の弟か妹……」
「きめぇこと言ってんじゃねぇ」
悪態を吐き、肇は薫の服を脱がした。既にギンギンに勃ち上がったそれを前に、肇は舌舐めずりをし、躊躇なく頬張った。
次は薫が喘がされる番だ。口淫なんて初めてではないけれど、何分久しぶりすぎて、新鮮な刺激に脳が揺さぶられる。知ってはいたが、肇はやはりテクニシャンだ。男の弱いところを知り尽くして、容赦なく責めてくる。
「あっ、ちょ、まって、ヤバいから……」
「だせよ。のんでやっから」
「っ、でもぉ……」
ナカで出したいが、飲んでもらうのも魅力的。どっち付かずで悩んでいたら、とうとうきつく吸い上げられた。溜まりに溜まった精子を吸い尽くすような刺激に、薫はあっさりと白旗を上げた。
喉奥にたっぷりと吐き出された肇は、少しばかり苦しそうな顔をしながらも、その立派な喉仏をゆっくりと上下させた。ぱくりと口を開くと、白い粘液を纏った赤い舌が覗くが、欲望の正体それ自体は、一滴残らず飲み干されていた。
「は……♡ 濃すぎんだろ。ちゃんと抜いてんのか?」
吐く息さえ色付いて見える。薫は堪らずキスをして、そのまま肇を押し倒した。
自分の精液の味なんて知りたくもなかったが、肇の口の中で肇の唾液と混ざり合うことで、何か特別な液体に醸成されるらしい。キスだけで酔ってしまいそうだった。
「ねぇ、もういい? 入りたい……」
薫がみっともなく息を切らしてお願いすると、肇はおずおずと足を開いた。薫は狙いを定めて腰を進める。
「っ……」
「……あれ?」
普通、何の抵抗もなくすんなりと入るのだが、今日は少し、いや、だいぶ入口が固い。ローションで濡らされてはいるが、押し込もうとも入っていかない。門が固く閉ざされて、他者の侵入を拒んでいる。まるで綻ぶ前の蕾だ。
そのことに肇も自分で気付いたらしく、ばつが悪そうに溜め息を漏らした。
「やっぱ足りなかったか」
「え、なに? どういうこと?」
「しばらくしねぇと、ケツも元に戻んだよ」
「それって……」
自分で解そうと肇は後ろに手を伸ばしたが、それよりも早く薫の指先が蕾を捉えた。ローションで濡れそぼっており、指だけなら簡単に埋まる。咎める肇の声は無視し、ちゅぷちゅぷと水音を立てて抜き差しした。
肇のナカって、こんな風になっていたのか。手で触るのは初めてだった。きゅきゅっと吸い付いてきて、熱くて、きつくて、それでいて柔らかい。ここに自身を沈めたらどれだけ気持ちいいだろう。想像だけで涎が垂れそうだ。
丁寧な愛撫をして心を通わせることは、愛情の証明になる。薫はそう感じていた。だから密かに憧れていた。今まで許されたことはなかったが、今夜は何もかもが特別だ。
「っ、おい……」
「なぁに? 痛かった?」
「そ、じゃ、ねぇけど……」
「じゃあ気持ちい?」
「べ、つに……」
「でもここ好きでしょ」
指を軽く曲げ、腹側のざらざらした触り心地の箇所を擦った。肇は喉を晒して身悶える。
「ん゛ぁ……っ」
「Gスポットってやつなのかな。気持ちい? ナカ締まるね」
「ぅ゛、っせ……ちょーしのんな、っ……」
「調子にも乗るよ。だって肇、僕のいない間、僕のこと待っててくれたんでしょ?」
「っっ……!」
ナカが切なげに収縮し、きゅううっと甘えるように締め付けた。躰の反応から、肇の心が直に伝わってくる。
「健気に僕のこと待って、処女みたいに戻っちゃってさ。そんなの嬉しくないわけなくない?」
「ん゛っ、あ゛……やめっ、そこばっか、ぁ゛……っ」
「すご、ナカでイッてる? そんなに気持ちいの? どうしよ、すっごいかわいい」
「う゛、っさ、んん゛……ぐ、ぁ゛ぅ……」
見つけた性感帯をぐりぐり擦る。肇はビクビクと腰を跳ねて精液を散らした。舐めてみれば、ひどく濃厚だ。官能の味がした。
「ねぇ、もう……いいよね?」
薫は肇に覆い被さって手を握った。指を絡めて握りしめた。肇は、濡れた睫毛を震わせて小さく頷いた。
ちゅ、と切っ先がキスをする。とろとろに濡れそぼり蜜を零す花弁が、奥へ奥へと誘うように吸い付いてくる。薫はゆっくりと腰を進め、隘路を拓いていく。
「ん……あっ……♡」
絶頂を迎えたばかりの蜜壺は、熱く蕩けてうねっている。ねっとりと絡み付いて、引き込まれる。踏ん張っていなければすぐにでも搾り取られそうだった。
ようやく突き当たりに辿り着いた。とん、と奥の壁を優しく突くと、肇はビクビクと仰け反った。
「っ、……かおる……」
「うん。僕だよ。今お前を抱いてるのは僕」
「ぁ、ん……おれ……っ」
「うん。好きだよ。好き。大好きだよ」
頬や瞼にキスを落とした。唇が吸い付いて、離れて、その度に肇はあえかな喘ぎを漏らす。涙を湛えた黒い瞳に赤い電球が映り込んで、美しい夕日のように滲んでいた。
「っ……俺、ほんとは……」
「うん」
「本当は……まだ……」
一筋の涙が伝った。それをひた隠すように、肇は薫を固く抱きしめた。
「……不安なんだ」
「……うん」
「お前を選んでいいのかって……自信がねぇんだ。俺は……お前をきっと不幸にする」
「……」
「分かるだろ? 今までも、これからも……生まれついてのモンは、きっと一生変えられねぇ。俺は、お前にふさわしい人間にはなれねぇ。分かってるんだ。そんなことは……」
「……」
以前から違和感は覚えていた。肇がどうしてそんなにも自分を卑下するのか。真純や、過去に愛した彼女に対して、罪悪感でも抱いているようだった。薫からすれば、肇が罪を背負う必要など皆無だというのに。
今回の件で、薫は多くの親戚と面会する羽目になった。中でも、一応当事者である肇の養父母とは顔を合わせる機会が多かった。そして知った。肇があの家でどんな扱いをされていたのかを。ほんの少しだけれど、垣間見ることができた。
妾の子が産んだ不義の子という理由で冷遇されていたのは知っていたが、薫の想像よりもずっと粗末な扱いを受けていたようだ。表向きに取り繕った態度であっても言動の端々からそういった空気が漏れてくるのだから、おそらく実態はもっと酷い。虐待に近いことまでされていたのではないかと薫は推測している。何しろ肇が縁を切ろうとするくらいだ。
粗末に扱われて育ったから、肇も自分を粗末に扱うことしかできない。そんな肇を救ったのが、おそらく真純を産んだ彼女だったのだろう。それなのに、その最愛の人さえ喪った。その喪失感は、薫の想像できるものではない。
きっとずっと自暴自棄で生きてきたのだ。未来に背を向けて、歩き出すことさえできずにいた。自分で自分を貶めて、傷付け続けて、自分のせいで彼女が死んだなんて悲しいことを言って、大切なものを手放して、遠ざけようとさえしていた。けれど、それはきっと、幸福になることを恐れていたからだ。今の薫にはそれが分かる。
「……僕は、肇に幸せにしてもらおうなんて思ってないよ」
「……」
「肇のせいで不幸になっても、自力で幸せになるから、それでプラマイゼロでしょ。ていうか、肇と一緒にいるだけで幸せだし、むしろプラスだし。ていうか僕が肇を幸せにするから、それってめちゃめちゃプラスってことじゃん? 自分で言うのも何だけど、僕ってすっごい強運の持ち主だしね。一緒に幸せになってよ」
「……確かに、強運ってのはその通りかもしんねぇな」
「でしょ。今回だって死にかけて生き返ったし……」
ぐっと首を絞められた。いや、違う。肇が全力で抱きついている。逞しい腕に絞められて苦しいが、抱きつかれるのは嬉しくて、薫も肇を抱きしめた。
「……てめぇが死にかけてるっつー話を聞いて、俺がどんな思いだったか分かんのか。ウチのクズ共は何にも教えちゃくれねぇし、面会も禁止されるし、退院したとだけ聞かされて会うのはやっぱり禁止だし、未来永劫接触すんなとか無茶言ってきやがるし……」
「それは、その……ごめん」
「命張って真純助けたお前に、礼の一つも言えねぇで、そんで永遠にさよならだなんて……」
肇は声を詰まらせた。まるで迷子の子供みたいだった。薫は肇の頭をそっと撫でた。上質な絹糸のような黒髪が、以前と同様手によく馴染んだ。
「でも、帰ってきたよ。待っててくれて嬉しかった。真純と一緒に、この家で」
「当たり前だろ」
「ありがとう」
「……こっちの台詞だ、バカ」
肇は顔を上げて微笑んだ。眦に涙が光る、花の綻ぶような美しい微笑だった。薫は思わず見惚れてしまった。こんなにも美しいものが、この世にはまだあったのか。
「っ、おい……」
「ごめ……」
「なにデカくしてんだよ。感動するとこだろうが」
「だって、肇があんまり綺麗だから……」
「綺麗だと興奮すんのか? どんな性癖だよ」
「性癖っていうか、だって、しょうがなくない? この状況で!」
忘れていた――わけではないが、薫は肇の中にずっぽりと沈み込んでいる。長々と話している間に、肇のそこは薫専用のものへとすっかり形を変えていた。僅かな凹凸に隙間なくぴったりと密着し、時折疼くように痙攣しては甘い誘惑を仕掛けてくる。
「童貞には刺激的すぎたか」
「童貞じゃないし! てか肇こそ処女みたいなもんじゃん」
「そうだな。だからとびっきり優しくしてくれよ、ダーリン」
ついさっき魅せた美しい微笑はどこへやら、肇は挑発的に口の端を吊り上げた。
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