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第八章④
時間を忘れて交わった。それこそ、前後不覚になるまで。干からびるまで。一滴残さず出し尽くすまで。肇は早い段階で何も出なくなった。けれど、薫はまだまだ足りなかった。
中に出し、どろりと溢れて内腿を濡らすそれを掻き出して、そうしているうちにまた欲しくなって、中に出す。せっかく出したものが零れてこないよう蓋をして、そのまま連続でもう一回。確実に種を植え付けたくて、胎の奥にぐりぐりと擦り付けて、それでも足りなくてもう一回。そんなことを何度も何度も繰り返し、気付けば朝になっていた。
「……ぉる……ぃ…………かおる!」
ばこん、と力任せに叩かれて、薫は飛び起きた。カーテンの向こうはすっかり明るい。
「ふぁ……? えっ? なに……」
「何じゃねぇ! 早く抜け!」
肇が嗄れた声でがなり立てる。昨日はあんなにかわいかったのに、と薫としては少々残念な気持ちであるが、とりあえず、挿れたままになっていた自身を引き抜いた。
「ん゛……」
肇は甘やかな声を漏らす。昨夜の情事で喉を酷使したために声はガサガサに掠れているが、そのせいで逆に妙な色気を孕んでいた。
肇の尻も太腿も、どちらのものとも知れない精液でガビガビに汚れている。空っぽの穴からは、まだ粘度を保った白濁がどろりと溢れてくる。それが内腿を汚す感覚に、肇は眉を顰めた。
「ったく……どんだけ出したんだよ。この絶倫が」
「まぁ、若いからね。肇だって、中に出して~っていっぱいおねだりしてたじゃん」
「……てねぇ」
「え~? 声小っちゃくて聞こえな~い」
「うっせぇ。エロガキ」
「エロいのは肇の方でしょ~が」
「くそが……」
肇は悪態を吐き、よたよたと立ち上がろうとした。しかし、昨夜の情事で酷使したためか、腰が立たないらしい。立とうとしても、ガクガクとへたり込んでしまう。
「大丈夫? トイレ?」
「ちげぇ。風呂だ、風呂。このまんまじゃまずいだろ」
「ああ、まぁ……」
昨晩きちんとシャワーを浴びたのが嘘みたいに、汗やら何やらの体液にまみれてしまっている。それはそれで、薫の目には十分煽情的に映るが。
「お前、動けるなら俺を運べ」
「! うん、もちろん。その後は――」
「部屋の掃除。換気。真純の迎え。よろしくな」
「えっ……」
「何だ、不満か?」
肇は挑発的な笑みを湛え、小首を傾げる。惚れた欲目だろうか、そんな仕草が薫の目にはあざとく映るのだから仕方ない。
「まさか! この僕にどーんと任せてよ。何なら体洗うの手伝ってあげるし」
「それはいらねぇ。誰のせいでこんなことになってると思ってんだ」
「それは肇がエロいから……」
「あ?」
「何でもないデス……」
時計を見れば、真純の迎えまで一時間を切っている。薫は肇を浴室まで連れていき、家中の窓という窓を開け放って換気して、寝室を念入りに掃除した。ゴミ袋は口を縛り、シーツは一式洗濯に回し、布団は窓際で天日干しだ。
お迎えの時間には間に合った。薫の姿を見つけるなり、真純は急いで駆けてきて、勢いよく胸に飛び込んできた。
「かおる~! ただいま!」
「おかえり。お泊り楽しかった?」
「うん! あのね~、先生がおばけでね~」
嬉々として喋り始めた真純だが、肇がいないことに気付いてきょろきょろと辺りを見回した。
「パパは? いっしょじゃないの?」
「うん。昨日ね、ちょっと疲れちゃって、まだお家で寝てるんだ」
「びょーき?」
「ううん。全然元気だよ。今はもう起きてるかも」
「じゃあ、ますみのこと待ってるね! はやく会いにいってあげないと!」
「あ、ちょ、そんな急がなくても……」
家の中を十分換気したいからなるべく寄り道して帰ってこい、と肇に言われていたが、どうも予定通りにはいかなさそうだ。真純は大好きな公園に目もくれず、「コンビニとか寄ってこうか?」という薫の誘いにも耳を貸さず、一目散に家を目指した。
肇はリビングで呑気にテレビを見ていた。真純は真っ先にソファに飛び込んで、肇に抱きついた。
「パパぁ! ただいま!」
「お~、おかえり。お泊り楽しかったか?」
「うん! 先生がおばけで、花火がきらきら~ってしてね!」
真純を膝に乗せ、肇はその頭を撫でる。
「肝試し、怖くなかったか」
「うん! おゆうぎ室がまっくらなんだけど、泣いてる子もいたけど、ますみはだいじょぶだった」
「お前は強ぇな」
「ねー、パパ。こえちょっとヘンじゃない? どーしたの?」
「昨日薫とカラオケごっこして、喉が潰れたんだ」
「からおけごっこ? なにそれ~!」
「歌うたうだけだ。お前もよくやってるだろ」
「ますみ、あたらしいおうたおぼえたよ! 聞かせてあげるね!」
肇に誘導されて、真純の関心は歌に移った。嗄れた声で流れるように嘘を並べる肇に、薫はいっそ感心した。
肇はいつも通り飄々とした様子で真純と接している。寝室の掃除は完璧だし、換気も十分だ。昨晩の残滓なんて、まるで夢のように消えてなくなってしまったかのように思われた。けれど。
肇は、真純の相手をしながらも、時折顔を顰めて腰を摩る。立ち上がる時にも間があって、よっこらしょという感じで気張っている。真純が園で作ってきた万華鏡を覗かせてもらった時も、しきりに腰を庇っていた。そんな肇の様子を見て、薫は思わず頬が緩んだ。
「……何にやにやしてんだ」
「別にぃ?」
昨晩の名残は、確かにそこにあった。
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