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第十一章② ♡

 夫婦のベッドで、嫁が息子に抱かれていた。大袈裟ではなく、薫にとってはそのレベルの衝撃的な光景であった。   「……何、やってんの」    怒りと戸惑いの入り混じった声が地面を這った。肇は睫毛を濡らして薫を見上げる。真純は肇にしがみつき、顔を真っ赤にして腰を震わせている。達したらしいということが、傍から見ていて分かった。  こういう時、誰に怒りをぶつければいいのか、薫には分からなかった。肇が誘ったのか、それとも真純が無理やり犯したのか。しかし、二人ともそんなことをする男ではなかったはずだ。一体何を間違えてこんなことになっているのだろう。   「……親父」    肇に抱きついたまま、息を切らして真純が言う。   「……あんなやつやめて、おれにしとけよ」    あんなやつ呼ばわりされた薫は声を荒げそうになり、肇は驚いたように目を見開いて真純の方へ振り向いた。   「おれ……おれだったら、親父を絶対一人にしないし、家にもちゃんと毎日帰るし……親父を置いてお見合いになんか行ったりしない」 「……」 「……」 「おれの方が……おれだって、親父を幸せにできる……」    真純は、甘えるように肇を抱きしめて、その広い背中に頬をすり寄せた。    真純の言ったことは正しい。薫が今回実家に戻っていたのは、見合い話が来たからだった。  これまでにもこういったことは何度かあった。その度に突っ撥ねていた薫だが、今回はどうにも相手が悪く、というのも、橘家と比べても遜色ない名家の令嬢を紹介されてしまったため、断るのに難儀した。せめて一目会ってから決めろという両親の意向もあって、形式的に一度だけ見合いをすることになったのだった。  何も肇に黙っていたわけではない。むしろ、肇が薫の背中を押したのだ。「お前ももういい歳だし、親孝行と思って付き合ってやれ」「相手に恥かかすわけにもいかねぇだろ」「いい女なら俺にも紹介してくれよ」といった具合である。最後の一言は完全に余計な軽口だが、肇は薫の見合いに反対はしていなかったはずだ。  予期せず実家に泊まることになった件についても、電話でしっかり了承を得た。「どうせたまにしか帰らねぇんだから、ちゃんと親孝行してやれよ」と肇には言われたが、薫は朝一で実家を発ち、寄り道せずに真っ直ぐ帰ってきた。   「おれはっ……親父に不安な思いなんかさせないし、絶対に泣かせたりしない……!」 「なっ……泣いてはねぇよ」    肇は気まずそうに目を伏せた。  泣いてはいなくても、不安がっていたのは事実だろう。いつだって、肇の心を一番よく理解しているのは、息子である真純なのだ。昔からずっとそうだ。薫には分からない肇の心の機微を、真純はよく理解している。本能レベルで感じ取っているのだ。    肇は色恋に執着しない、さっぱりしたタイプだ。と薫は思っていた。それは、肇の薫に対する態度がそうだからである。ベッドの上を除き、肇が薫に愛を囁くのは本当に稀であるし、極端なことを言ってしまえば、薫がよその女を抱いて帰ってこようがさほど気にしないような、そんな図太さを持つ男だと、薫は勝手に思っていた。  しかし改めて思い返してみれば、肇は純愛に一途で、意外に重いタイプである。真純を産んだ彼女への態度を思えば分かる。それに、見た目に反して繊細な心を持っている。元々おしゃべりな方ではないし、不器用で、本音を口に出すということをあまりしないタイプでもある。  そう、分かっていたのに。肇の表面上の態度だけを見て、薫は判断してしまっていた。なんと愚かな行為だろう。あれもこれも、本音を隠すための方便だったかもしれないのに。  いつだって、肇は薫の事情に理解を示す。今日のように実家との付き合いで家を空けるとか、仕事の都合で国内外問わず長期の出張に行くとか。どんな時でも、肇は特段寂しがる素振りは見せない。「腐っても橘の坊ちゃんだからな」と言って送り出してくれる。けれども。   「親父がどんな気持ちであんたの帰りを待ってたか、あんたに分かるのかよ」    もしも逆の立場なら、薫は一日塞ぎ込んで過ごしたはずだ。というより、そもそも肇を見合いの席には行かせない。いくら肇にその気がなくても、相手が肇に一目惚れするかもしれないし、その結果肇の心が動かされるという可能性もなくはない。そんな危険な場所へ肇を送り出すことは、薫には絶対できない。   「……その……ほんとごめん。もう行かないから」    薫が真摯に頭を下げるも、真純は肇に抱きついたまま離れない。それどころか、好戦的な眼差しで薫を見据えてきた。   「あんたに親父はやらない。親父のことはおれが幸せにする」 「僕だって、真純に負けないくらい肇のこと大切に思ってるし、幸せにしてみせるよ」 「お前ら、勝手なこと言ってんじゃ……」 「得意げに見合い写真なんか見せてきやがって。あんな美人にアラフォーのおっさんが敵うわけないだろ」 「おい、誰がおっさんだよ」 「高校生の息子がいたら誰でもおっさんだろ」 「肇は全然おっさんじゃないし、むしろ年取るごとに色気が増してて困ってるくらいなんですけど。どんな美女も肇には全ッ然敵わないんですけど!」 「おい、真純の前で何言って……」 「僕ってばこう見えて純愛派だし。真純が生まれるもーっと前から、ずーっと肇一筋なんだからね」 「真純と張り合ってんじゃねぇよ……」 「……」    真純は悔しそうに顔を歪めていたが、やがて肇をきつく抱きすくめ、ぐいと腰を押し付けた。「あっ」と薫が声を上げるまでもない。再び、嫁を息子に寝取られた。狼狽する薫をよそに、肇は余裕の表情である。   「あ~? まだすんのかよ、真純ィ」 「うん。もっとしたい」 「ちょっ、何やってんの?! 肇は僕の奥さんなんだけど!」 「うるさい。親父はおれの親父だ」 「普通親子でエッチはしないの! 肇からも言ってやってよ!」 「別に、真純がしたがってんだからいいだろ。妬いてんのか?」 「そりゃ妬くでしょうよ! 肇は僕だけのものなのに!」    肇は四つん這いになり、尻を突き出して真純を受け入れる。薫は、こういうことを真純の前でするのはやはり少し気が引けたが、このまま指を銜えて見ているわけにもいかず、スラックスのベルトを緩めた。零れ落ちた陰茎を前に、肇は淫蕩な笑みを浮かべる。   「は、3Pってか? 舐めてほしいのか」 「当たり前でしょ。真純ばっかりじゃなくて、僕も甘やかしてよ」 「ったく。でけぇガキが二人もいて困るぜ」    呆れたように言いながらも、赤く潤んだ舌が覗き、ちゅっと先端に口づけた。味わうように目を瞑り、ゆっくりと奥まで呑み込んでいく。   「ん、ん……♡」    肇は甘やかな声を漏らして薫のものをしゃぶる。薫が得意がって胸を張ると、真純は不服そうな顔をした。   「今親父を抱いてるのはおれなのに」 「残念でした~。肇は僕のおっきいおちんちんの方が好きだって」 「おれのも悪くないって言ってた」 「そんなのリップサービスだよ。そういう褒め言葉は真に受けちゃダ~メ」 「……っ」    真純はますます悔しそうに頬を膨らませた。昔は丸くふくふくとしていたほっぺたが、最近はだんだんと青年のものに近付いている。と思えば、真純は突然、肇の下腹部に手を回した。思わずといった様子で、肇は薫のものから口を離す。   「っ、おい、真純」 「親父も男なんだから、ここ感じるだろ」 「ぅ、んん……」    真純は腰を動かしながら、同時に肇の男の部分を刺激する。普段一人遊びをする時にしているのだろう、ひたすらに快楽を求めるだけの乱暴な手付きだ。肇は、声を聞かれたくないのか唇を噛みしめて、枕に顔を伏せた。それが薫にはおもしろくない。   「前弄るのはズルでしょ」 「こんなのにズルも何もないだろ。親父、今誰ので気持ちよくなってる?」 「っ……」    口を開くと上擦った声が漏れてしまうのだろう。肇は黙って首を振った。   「ざーんねん。気持ちよくないってさ」 「強がってるだけだ。ナカすごい締まるし……」    真純が言うと、肇はビクビクと背を仰け反らせた。真純にこんなことを言われるのは、肇にとって言葉責めと同等であるに違いない。そのことがますます薫を苛立たせる。薫が同じことをしても、肇はここまで恥じらってはくれない。   「肇のことなら、僕の方がよく知ってるんだからね」    薫は肇のスウェットを胸元までたくし上げ、露わになった胸を両手で揉んだ。体勢のせいか重力に引っ張られて、いつもよりふっくらとして柔らかく、薫の手を楽しませる。   「肇は男だけど、おっぱいも好きなんだよ」    何もせずとも健気に勃ち上がった乳首を指先でくりくりくすぐると、肇は枕に顔を伏せたままくぐもった声を漏らした。   「っ、ん……おい……」 「んふふ、な~に? 気持ちいくせに」 「くそ……っ、あとで覚えとけよ」    肇は恨めしげに薫を睨むが、薫はそんなことは意に介さず、ぷっくりと膨らんだ乳首を思いのままに弄んだ。いやらしく腰を突き出して身を捩る肇の姿は薫の目を愉しませたが、残念ながら、今日は薫だけの肇ではない。   「っ、ほんとだ……乳首弄られると、きゅんきゅんして……」    真純が感心したように呟くと、肇は額を枕に擦り付けて悶えた。肇のことを気持ちよくしてあげたいだけなのに、巡り巡って真純まで愉しませることになるなんて、全く薫の本意ではない。複数プレイもなかなか難しいものだ。   「ちょっと、そういう実況っぽいのやめてよ。肇が感じてるじゃん」 「だって本当にそうだし……ていうか、感じてるなら別にいいだろ」 「ダメ!」 「親父も気持ちいい方がいいだろ?」    真純の問いかけに、肇は腰を震わせることで応える。   「も~~、真純ばっかりズルい! 肇、僕のこともちゃんとかわいがってよ」    薫は無理やり肇の顔を上げさせて、その口に屹立をねじ込んだ。またもや潤んだ瞳で睨まれるが、肇はねじ込まれたものにねっとりと舌を這わして、喉の奥まで迎え入れてくれた。ぬるぬるの唾液が纏わり付いて、腰が抜けるほど気持ちいい。思わず腰を揺らすと、肇は苦しそうな呻き声を漏らした。   「やめろよ。親父に酷いことするな」 「君のお父さん、そんなに柔じゃないよ。肇はちょっと痛くされるくらいが好きなの」 「……うそだ。乱暴するな」 「ウソじゃないって。その証拠に、ナカ締まってるんじゃない?」    屹立で喉の奥を捏ねられた肇は、汗ばんだ躰を淫靡にくねらせる。真純は感じ入ったように溜め息を漏らした。   「ね、悦んでるでしょ」 「う、ん……すごい……」    やっぱり肇のことをよく分かっているのは自分の方だ、と薫が得意になったのも束の間、真純は肇を背後からぎゅっと抱きすくめて、カクカクと腰を振った。子犬が大型犬にしがみついて懸命に交尾しているような、少し微笑ましい光景だったけれど、薫に笑っていられる余裕はない。   「っん、ぁ、真純……っ」 「んっ……親父も一緒にイッてくれ……っ」 「っく、んン……だからって、んなにすんなよっ……」    育ち切った肇の中心を弄りながら、真純は夢中になって腰を振る。自身の快楽しか見えていない拙い動きだが、外からも中からも刺激されて、肇は敏感に快楽を拾い上げた。もはや薫に口淫を施す余裕もない。   「真純、ますみぃ……っも、出るから、はな、せっ」 「うん、んっ……おれも出る……っ!」    真純はぶるぶると腰を震わせた。同時に、肇の立派なものから白濁が飛び散る。真純がうまく手で受け止められず、シーツを汚した。   「はぁ……気持ちよかった……」 「は、ぅ……くそ……」    真純は吐息まじりにうっとりと呟き、肇は息を切らして悪態を吐く。二人は縺れ合いながらベッドに倒れ込んだ。

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