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10話・噂の真相
泣き止んだ伊咲センパイは、少しの間ためらった後、意を決したように口を開いた。
「まず誤解を解いておきたいんだが、僕にセフレはいない。もちろん恋人もだ」
「えっ、じゃあなんで俺は振られ続けてたんすか」
「興味本位の奴が多いから、言い寄られても全員断わるようにしていたんだ」
「ええええええ」
相手が誰でも一律お断りだったのか。
ちょっと安心した。
「大抵の人は二、三回断れば諦めてくれるんだけど」
そこでチラリと視線が向けられる。
「俺、半年間ほぼ毎日言い寄ってましたね」
「君だけだよ、何度断っても諦めなかった奴は」
あきれたように笑う顔に胸が熱くなる。でも、すぐに笑みを消し、伊咲センパイは俯いた。
「実は僕、大学に入ってすぐの頃に二つ上の先輩と付き合ってたんだ。すごく好きだったけど、でも、いざセックスする時になったら駄目だった。……先輩は、男相手じゃ勃たなかったんだ」
黙って頷き、話の続きを促す。
「それでも好きだったから必死に引き留めた。せめて性欲解消の役に立てれば、と頑張ってフェラの練習もした。実際、口淫だけはうまくなったよ。でも、先輩は抱けもしない恋人なんか要らなかったみたい。しばらくして、別れようって……」
せっかくおさまった涙がまた溢れ、頬を伝う。ぽたぽたと落ちる滴が俺の腕や脚を濡らしていった。
「別れを切り出されても納得できなくて、考え直してもらえるように何度も話をしに行った。いま思えば、すごく迷惑な真似をしたよ。付きまとう僕を遠去けるため、先輩は大学内に噂を流したんだ。『扇原伊咲はどんな男とも寝るビッチだ』って」
そこでようやく友人から聞いた話と繋がった。
俺たちの学年ではそんな噂は聞いたことがなかった。不思議に思っていたけれど、噂を流した張本人が既に卒業している上に事実無根だったからか。
「噂を流された後、いろんな人から声を掛けられて、心無い言葉を投げつけられて、本当につらかった。先輩が卒業してからはだいぶ減ったけど、からかい半分で襲われたこともある」
「えっ!?」
「大丈夫。ブン殴って逃げたから」
綺麗な顔をしていても、伊咲センパイは二十歳過ぎの男なのである。無理やり手篭めにされてなくて良かった。
ん?
ということは……
「あ、あの、伊咲センパイって、もしかして」
俺は脂汗をだらだら流しながら目を泳がせた。今の話が真実ならば、俺はとんでもない真似をしたことになる。
「僕は今日まで一度もセックスしたことはない」
「うわあああああ!」
やっぱり処女だったのか!
「す、すんません、俺、とんでもないことを!」
伊咲センパイから手を離し、ベッド脇に降りて土下座する。
過去の男に嫉妬して酷いことを言った気がするし、経験豊富だと思い込んで無理やり突っ込んでしまった。つまり、伊咲センパイを泣かせた犯人は俺だ。
「傷付けるつもりはこれっぽっちもなかったんです! 謝って済む話じゃないけど、ホンットーにすんませんっした!!」
床に額をすりつけ、赦しを待った。
「謝る必要はないよ。そもそも、今日はセックスするために呼んだんだから」
「でも、俺、噂を鵜呑みにして、伊咲センパイを貶 めるような酷いことたくさん言った……」
「ああ、あれ。まあ、僕のそばにいればいつかは耳にするだろうと思ってたし、言われ慣れてるから気にしなくていいよ」
あっけらかんと返され、バッと顔を上げる。
「怒ってくださいよ! アンタは侮辱されたんすよ? 俺のことだって、気が済むまで殴ってくれていいんだ」
憤る俺を戸惑いの目で見下ろしながら、伊咲センパイはまた首を傾げた。
「それくらいのことでいちいち怒っていたらキリがないじゃないか」
「……それくらい、って」
悪意ある言動をすべて受け流してこなければ、きっと大学に通い続けるなんてできなかったのだろう。いつも一人で誰も来ない中庭で過ごしていたのは自分を守るため。
「でも、君が噂を信じたのは正直キツかったかな」
耐えてきてくれたからこそ出会えたのだ。
それなのに、俺ってヤツは。
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