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11話・初めてのキス

 謝って済む話じゃないが、俺には他にすべきことがある。深く刻まれた伊咲センパイの心の傷をなんとかしたい。孤独に慣れてしまった彼に寄り添いたかった。 「──伊咲センパイ、好きです」 「え? なに急に」 「最初は一目惚れだったんです。眼鏡で隠してるけど、まつ毛長いし吊り目がちの目も綺麗だし、肌は白くてスベスベだし、声もハスキーで少しかすれてるとこなんかエッチだなって思って」  フローリングの上、全裸で正座したまま指折り好きなところを挙げていく俺に、伊咲センパイは顔を赤くした。 「今は中身も好きなんです。勉強熱心で努力家で芯が強いとことか、しつこい後輩の俺を邪険にしないで相手してくれるとことか」 「ちょ、ちょっと」  恥ずかしかったのか、慌ててベッドから降りて俺の口を手のひらで塞ごうとしてきた。その細い手首を掴み、自分のほうへと引き寄せる。 「ここも」 「ひゃっ」  背中側から下に手を伸ばし、後孔に触れてみる。 「行為に慣れてるから柔らかかったんじゃなくて、自分で解してたんすよね。中が濡れてたのは、俺が来る前にローションを仕込んでくれてたから?」  指を差し込んで弄ると、伊咲センパイは俺の腕にしがみついて甘い声を漏らした。 「だ、だって、挿れるのに手間取ったら君萎えちゃうかと思って……っ」 「君も?」  聞き流せない言葉に気付き、説明を促す。 「ホントのこと言うと、先輩は勃たなかったわけじゃない。初めての時、僕が下を慣らしてなかったせいで全然入らなくて、挙げ句に血が出ちゃったから萎えたんだ。それ以来、僕相手だと勃たなくなった。男同士のやり方を調べて準備しておけばって後悔したよ」  女性と違い、男はセックスの前に準備が要る。腹の中を綺麗にしたり、穴を柔らかく解したり、ローションを使ったり。雰囲気に流されてそのままセックスになだれこむなんて、よほど行為に慣れていなければ不可能だ。  当時の伊咲センパイは経験がなく、そういった知識もなかったのだろう。 「だから、」  伊咲センパイが顔を上げた。超至近距離で視線が交わる。真剣な瞳が俺をまっすぐ見据えていた。 「次があるなら後悔したくないって思ったんだ」  告白をして両想いが判明してからお預けを食らった理由がわかった。初めてのセックスに失敗した伊咲センパイは、この一週間で事前準備を済ませ、万全の状態で今日を迎えようとしてくれたのだ。全ては俺を受け入れるために。  それなのに、悪い噂を真に受けた上に酷い真似をしてしまった。悔やんでも悔やみきれない。 「ねえ、センパイ。俺、ちゃんとやり直したい。お試しじゃなくて、恋人として伊咲センパイを抱きたい」 「獅堂くん……」  見つめ合った状態で名前を呼んでくれたことが嬉しくて、吸い寄せられるように顔を近付ける。あと少しで唇が重なる、その直前になって、伊咲センパイの手が間に挟まるようにして阻んだ。 「きっ、キスは駄目!」 「なんで!?」  拒否されたショックで涙目になる俺を、困り顔の伊咲センパイが見上げてくる。彼の両手は自分の口を覆い隠していた。 「さっき君の舐めたし、その、飲んじゃったから」  そういえば、真っ先にフェラされて飲ザーされたな。あれも噂を真実だと誤解したきっかけになった行為だ。  ていうか、前に付き合っていた男とはセックスできなかったもののフェラやキスはしていたんだよな。だからあんなに上手(うま)かったんだから。くそ、妬けてきた。悔しい。その頃はまだ出会ってなかったからどうしようもないけれど、好かれて尽くされていたにも関わらずに伊咲センパイを捨てた輩が許せない。 「うがい、いや歯磨きしてくる。待ってて」  立ちあがり、寝室から出ようとするセンパイの手首を再び掴む。困惑した目を向けられたが、構わず伊咲センパイと唇を重ねた。 「んむ、んん~っ!!」  頑なに閉じる唇をこじ開け、舌を突っ込む。そのまま口内を嬲るように舐め回した。わずかに感じる苦味は俺がさっき出した精液の味だろうか。でも、全然苦にならなかった。むしろ興奮する。 「ふ、っ……んん……」  しばらく深いキスを楽しんでいたら、伊咲センパイが拳で俺の胸板を殴ってきた。地味に痛い。名残惜しいけれど、渋々唇を解放する。 「ば、ばか! 君との初めてのキスだったのに」 「先にちんこ舐めたのセンパイじゃないすか」 「言うな! 僕だって必死だったんだ」  涙目で抗議してきたが、怒った顔も可愛いのでノーダメージである。  ていうか、キスした直後から伊咲センパイの顔がとろんとしている。上気した頬と相まってめちゃくちゃエロい。 「キス好きなんすね」 「う、うん。気持ちいいし」  恥じらいながらもキチンと答えてくれるところが律儀だ。好き。  しかし、ここで俺はあることに気付く。 「もしかして、キスを禁止された理由って……」 「気持ちいいキスされたら好きになっちゃうから」  やはりそうだったか。  交際するかしないかの瀬戸際で、もしダメだった場合に少しでも離れがたさを感じないために深い接触を禁じていたのだ。  逆に言えば、誰からでも気持ちいいキスをされたら惚れちゃうってことになるのではないか。  この人、ちょっと危ういかもしれない。

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