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14話・念願の連絡先交換

 お試しセックスは無事終了した。  今日から晴れて恋人同士だ。 「獅堂くん『加減』って言葉知ってる?」  にこにこツヤツヤな俺をジト目で睨んでいるのは、ついさっき正式な恋人となった伊咲センパイである。彼は乱れたベッドに四肢を投げ出して脱力している。気のせいか顔色が悪い。おかしいな、あの後三回しかしてないのに。 「大丈夫っすか。なんか飲みます? 俺、買ってきますよ。近くにコンビニありましたよね」 「冷蔵庫の中に水があるから取ってきて。君も好きなの飲んでいいから」 「はーいっ」  キッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを一本取り出し、すぐ寝室へと戻る。ベッドに腰掛け、ふたを開けると伊咲センパイが手を差し出してきた。それをスルーして自分が先に口をつけた。 「ちょっと、ンッ」  上半身を起こして抗議する伊咲センパイを引き寄せ、そのまま唇を重ねる。口内に含んだ水を口移しで飲ませれば、戸惑いながらもごくりと喉を鳴らして飲み込んでくれた。唇を離す間際、べろりと中を舐め上げる。 「もっと飲みます?」 「……普通に渡せないのか」  眼前でペットボトルを揺らすと、伊咲センパイはムスッとした表情で俺の手から奪い去った。 「好きなの飲んでいいって言われたんで」 「確かに言ったけど」  本当は伊咲センパイから口移ししてもらいたいけど、絶対やってくれないと分かっている。ならば自分からやるまでだ。 「伊咲センパイ立てる? 風呂場まで運ぼうか」 「いや、ひとりで大丈夫だから」 「でもまだ足が震えてる。抱っこして運んでもいい? ていうか、俺も一緒に入っていい? 身体洗うの手伝うから」 「そこまで構わなくていい!」  お世話を申し出たが遠慮された。残念。 「もう、調子狂う」 「今後はずうっとこんな感じでいきますんで、早く慣れてくださいね」 「ホントやめて」  イヤイヤ言いながらも顔を真っ赤にしているところを見ると、照れているだけなのだろう。恥ずかしがり屋さんめ。 「そういえば、俺まだ連絡先知らないんすけど」 「え、そうだっけ」 「付き合うんだから教えてください」 「はいはい」  今までも連絡先を教えて欲しいと度々お願いしていたが、すげなく断られていた。だからこそ直接会いに行くしかなかったのだ。  一目惚れと告白から半年。ようやく個人の連絡先を教えてもらえた。嬉しい。諦めずに告白し続けてホントに良かった。  スマホ画面に表示された電話番号とメッセージアプリのIDを笑顔で眺める俺を見て、伊咲センパイも笑う。 「連絡先ひとつでこんなに喜ばれるとは思わなかったよ」 「だって、俺」  途中で胸がいっぱいになり、言葉に詰まる。目の端から涙がこぼれた。 「約束も待ち合わせもできないし、もし伊咲センパイが中庭に来てくんなくなったら会えなくなっちまうと思って、怖かった」  俺たちの間には確たるものは何もなかった。学年も学部も違う。友人でも無い。予定を合わせたのはお試しセックスの約束をした時が初めてだ。  千代田の前では「毎日楽しい」と強がってみせたけれど、本当はいつも不安を抱えていた。嫌われないように、避けられないように、ギリギリのラインを見極めて接してきたのだ。 「待たせてごめんね獅堂くん」 「いえ、俺こそすんません」  みっともなく泣く俺を抱きしめてくれる細腕にすがりつく。  伊咲センパイにも簡単に受け入れられない事情があった。元彼に不名誉な噂を流され、遊び半分からかい半分で言い寄る男が後を絶たなかったのだ。いきなり告白してくるような男は警戒されて当たり前。 「毎晩電話していいすか」 「メッセージならいいよ」 「なんで? 電話じゃダメ?」 「不定期でバイトしてるから」  バイトしてるの初耳なんですけど?  ちなみに、接客業ではなくて親戚のところで書類整理や雑務をしているんだとか。カフェとか本屋だったら客として入り浸ろうと思ったのに。 「獅堂くんは何かしてる?」 「俺は単発で引っ越し屋のバイト」  近隣の現場限定、人手不足の時に呼ばれる程度だが肉体労働なので日当が良いのである。 「へえ、だから体がガッシリしてるのかな」  感心しながら俺の肩や腕を撫でる伊咲センパイの手を掴んで止める。ていうか、手首細い。俺の指が軽く余ったぞ。こんな細腕でよく襲ってきた奴を撃退できたな。格闘技でも習っていたのだろうか。 「あんま触られるとまた勃っちまいますよ」 「それは困る」  忠告すると、パッと手が離された。  困るんかい。

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