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15話・陰の立役者

 シャワーを浴びた後、事後の余韻に浸りながら同じベッドで寝転がっている時、伊咲センパイが不意に呟いた。 「実はね、獅堂くんの気持ちに応えるつもりはなかったんだ」 「エッ……」  あまりの発言に、身動きひとつできなくなった。驚愕の表情で固まる俺を見て、伊咲センパイは困ったように眉を寄せた。 「何度断っても翌日にはケロッとした顔で来るし、僕もひとりで過ごすよりは君と話をしているほうが楽しくて」  どういう意味? 「ふざけて告白してるだけなら本気にするわけにもいかないし、実際に付き合ってから『なんか違う』ってなるかもしれない。でも、告白の返事を引き伸ばしている間は毎日会いにきてくれるでしょ?」  何その可愛い理由。ぜんぶ許した。 「じゃあ、なんで急に『お試しセックスしよう』って言い出したんすか」  あの提案は正直予想外だった。伊咲センパイのイメージから掛け離れた単語だったから、言われた時はめちゃくちゃビックリしたものだ。 「たぶん君の友だちだと思うんだけど、僕に直接言いに来たんだよ。『獅堂と付き合う気がないならキッパリ振ってやってくれ』ってね」 「え、それ、まさか」  俺は慌ててベッド横に置いてあった自分のリュックからスマホを取り出し、写真フォルダを開いてみせる。 「そう、この真ん中分けの彼だよ」 「やっぱり千代田か……」  高校時代に撮った写真を見せると、伊咲センパイは迷わず千代田を指差した。どうやら奴は俺の知らないところで伊咲センパイに接触していたらしい。しかも、決断を迫るようなことを。 「彼に言われて、確かに中途半端なままじゃ獅堂くんにも失礼かなって思って。でも、付き合った後に『やっぱ男は無理!』って拒絶されたら僕も傷付くし、それならいっそ交際前に君がホントに男を抱けるか試してみようと……」  付かず離れずでやり過ごそうとしていた伊咲センパイの背中を、千代田の言葉が押してくれたのだ。 「千代田に礼を言っとこ」 「君をすごく心配してたよ。良い友だちだね」  他にも話をしたようである。どんなやり取りをしたのか詳しく聞きたいけど我慢する。 「幼馴染みなんすよ。伊咲センパイとのこともよく相談してて。えーと、噂を教えてくれたのもコイツで」 「そうなんだ。じゃあ余計に心配だっただろうね。大事な友だちがビッチな先輩に弄ばれちゃう、って」  直接会って話をしたのなら、伊咲センパイが噂通りのビッチではないと気付いただろう。そうでなければ後押しをするような真似はしないはずだ。 「付き合うことになったし、改めて千代田に紹介してもいいっすか」 「いいよ。僕もお礼を言いたいし」  不名誉な噂があるから大学では交際の事実を大っぴらにしないと決めている。本当は全校生徒に知らしめたいところだが、俺の評判まで悪くなったら困る、と伊咲センパイが懸念しているのだ。  俺は他人にどう思われても気にしないが、心配してくれる気持ちを無碍にしたいわけじゃない。それで伊咲センパイが安心できるのなら構わない。  だから、一人でも理解者を増やしておきたかった。第一号は千代田だ。 「明日中庭に連れてく」 「わかった。待ってる」  千代田にメッセージを送ってからスマホを仕舞う俺の背中に伊咲センパイが抱きついた。細く白い腕が俺の腹に回されている。 「……ねえ、もう帰っちゃう?」 「ン゙ン゙ッ゙!!」  萌え過ぎて変な声でた。  寄る辺ない捨て猫みたいな顔でそんなこと言われたら帰りたくなくなるに決まってる。 「居てもいいなら居るっすよ」 「あ、ごめん。電話だ」  乱れる動悸を抑えながらキメ顔で振り向くが、伊咲センパイのスマホに着信が来て放置された。 「もしもし、……はい、大丈夫です」  くそ、誰だよ!  良い雰囲気をブチ壊された腹いせに、電話の声に聞き耳を立てる。聞くなと言われてないし、そもそも俺は彼氏だからな。 「また返信がないんですか。え、電話も?……わかりました。これから様子を見に行ってきます」  相手の声は聞き取れないが、何やら困ったことが起きて連絡してきたといったところか。 「……はい、では確認してから折り返し報告しますので」  通話終了ボタンを押してから、伊咲センパイは俺のほうに向き直った。 「今からバイト先に行くことになった。済まないが、今日は帰ってくれ」 「え、今から? もう日が暮れる時間っすよ」 「いつもこうなんだ。そんなに遠くないし、日付が変わる前には帰れると思う」  突発的な仕事が発生したってことか。親戚のところで働いてるって話だから就業規則がゆるいのだろう。それにしては電話の相手に対する言葉遣いが他人行儀だった気がするが。 「じゃあ最寄り駅まで一緒に行きましょ。送っていきますんで」 「うん。すぐ支度するから待ってて」  駅までの道すがら手を繋ごうとしたら拒否られた。人前ではまだイチャイチャさせてくれないらしい。

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