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17話・逃げ場所

 大学からの帰り道、伊咲(いさき)センパイと並んで歩く。もうすぐ駅に着く、という辺りで急に彼が足を止めた。数歩先で俺も立ち止まり、振り返る。 「伊咲センパイ?」 「あ、いや。ごめん」  どうしたのかと尋ねると、伊咲センパイは俺の手を掴んで一本奥の道へと引っ張っていった。 「喉かわいたからお茶しよ」  連れて行かれた先には小さな喫茶店があった。暗褐色で統一された内装と微かに流れるジャズが大人の雰囲気を醸し出している。席はカウンター数席とテーブル席が三つのみ。初老のマスターが一番奥にあるテーブル席に案内してくれた。 「落ち着いて本を読みたい時に寄るんだ。コーヒーもだけど、料理もデザートも美味しいんだよ」 「へえ、いいっすね。なに頼もっかな」  ここは伊咲センパイの行きつけの店らしい。対面の席に座り、メニュー表を眺めながらチラリと様子を窺う。昼メシは大学の食堂で済ませていたので、飲み物とスイーツを注文した。 「で、さっきは一体どーしたんです?」 「ぐっ」  注文の品を運んできたマスターがカウンター奥に引っ込んでから、俺は声を抑えつつ問い掛けた。  コーヒーカップに口を付けようとしていたセンパイはあからさまに動揺して()せている。やはり、俺が気付いていないだけで何かがあったのだ。 「別に。ホントに喉がかわいただけで」 「お気に入りの店を教えてもらえて嬉しいんすけど、ソレとコレとは話が別なんで」  悪いが誤魔化されてやるつもりはない。だって、あの時から今に至るまで伊咲センパイの顔色は明らかに悪いのだ。心配事や悩みがあるなら話してほしかった。  なおも黙り続ける伊咲センパイを見据えたまま、俺は自分のプリンアラモードに勢い良くスプーンを突っ込んだ。びくりとセンパイの肩が揺れる。  無理やり言わせたいわけじゃない。  ただ頼ってもらいたいだけ。 「……昔の、知り合いがいて」  しばらくの沈黙の後、伊咲センパイが口を開いた。店内のBGMに負けるくらいの微かな声に、俺は身を乗り出して聞く姿勢を取る。 「昔の知り合い?」 「うん。顔を合わせたくなくて、避けた」 「それで喫茶店(ここ)に?」 「うん、付き合わせてごめん」 「全然かまわないっすよ」  言葉に嘘はなさそうだ。彼は申し訳なさそうな表情で俯いている。  嫌な奴とエンカウントしそうになれば俺だって避ける。無用な揉め事を回避するための一番簡単で最善の方法だ。詳細は不明だが、伊咲センパイの行動の理由は判明した。 「大抵の人は駅前にあるチェーン店に行くんだよね。ここなら同じ大学の生徒は滅多に来ない」 「そっすね。俺も今日初めて店の存在を知ったくらいだし」 「表の通りからは看板すら見えないもん。こっちの道にはなんにもないし、知る人ぞ知る店なんだよね」  確かに、駅前には安価なコーヒーショップやファストフード店があり、学生客は皆そちらを利用する。  噂を知る者からの好奇の目を避けるうちにここに行き着いたのだろう。隠れ家的な喫茶店は伊咲センパイの憩いの場兼逃げ場所となっていた。 「俺どこにでも付き合うし、なんなら盾に使ってもらっていいんで」 「ふふ、ありがとう獅堂くん」  俺の言葉に伊咲センパイはホッと安堵の息をつき、やっといつもの笑顔を見せた。今までずっと緊張していたのだ。本当は詳しい事情を聞きたいところだが、嫌な話を蒸し返すなんてしたくなかった。 「来月の連休どこ行くか決めました?」 「この博物館に行きたいんだ。期間限定の展示をやってて」  楽しい話題を振れば、伊咲センパイはパッと顔を上げて自分のスマホ画面を見せてきた。博物館のサイトが表示されている。県内にある割と大きな施設だ。特設展示は国宝の日本刀。普段は一般公開されていないとかで、センパイは頬を紅潮させて熱弁している。 「面白そうっすね、そこにしますか」 「ホントに? ありがとう!」  正直なところ日本刀に興味はないが、伊咲センパイが喜ぶ姿が見られるのならそれだけで一緒に行く価値がある。 「お泊まりデート、楽しみっすね」 「う、うん」  テーブルの上に置かれた手をするりと撫で、指先を軽く握ると、伊咲センパイは恥ずかしそうに顔をそらした。恋人らしい行動をすると毎回初々しい反応が返ってくる。  付き合う前の素っ気ない態度も好きだったけど、今の伊咲センパイのほうが何百倍も好き。俺を意識してくれて嬉しい。照れた顔が可愛い。優勝。

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