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18話・突然の呼び出し
大学が終わった後はどちらかの部屋で過ごすようになった。一緒にメシ食って、それぞれ課題をやったり、映画を観たり、時々セックスしたり。絵に描いたような幸せな時間。永遠に続いてほしい。
「獅堂くんて料理上手だよね」
「ひと通りの家事は仕込まれてるんで。一人の時はインスタントばっかっすけど」
「僕は出来合いのものが多いかな。こうやって手作りのゴハン食べるの久しぶりかも」
今日のメニューは俺が作った炒飯と唐揚げとサラダ。炒飯は冷や飯を溶き卵に混ぜてからフライパンで炒めるので米粒がパラパラに仕上がっている。一晩調味料に漬け込んだ後に揚げた唐揚げもジューシーだ。千代田にも太鼓判を押された俺の自信作である。
先日お邪魔した時、伊咲センパイの家の冷蔵庫を見たら飲み物とドレッシングしか入ってなかった。料理はできないわけではないが自炊はほとんどしないらしい。ひとり分だと食材がすぐ傷んでしまうから仕方のない話だ。
幸い俺は家事が苦にならないタイプなので丁度良いと言える。胃袋をガッチリ掴んで逃がさないようにしなければ。
「また作ってほしいな」
「ハイ喜んで!!」
嬉し過ぎて大衆居酒屋の店員みたいな返事をしてしまった。望むのなら毎日三食作ると提案したら「そこまでしなくていい」と断られた。解 せぬ。
食事を終え、さあ今からどうしようかといったタイミングで着信音が鳴り響いた。伊咲センパイのスマホだ。彼は俺に断りを入れてから通話ボタンを押した。
「はい、扇原 です。お世話になっ……え、また? しかも締め切り近いのに進捗報告すらないんですか」
食器を片付けながら聞き耳を立てる。どうやら以前も掛かってきたバイト関連の連絡で、会話の内容から察するにかなり切羽詰まった状況のようだ。
「えーっと、どうしよう。急ぎますよね」
スマホを耳に当てたまま、伊咲センパイがチラリと俺を見た。恐らく、また彼が様子を見に行かねばならない事態なのだろう。せっかくのおうちデートだが、我儘を言ってセンパイを困らせたくはない。
「いいっすよ、バイト先に行っても」
「ご、ごめん獅堂くん」
笑顔を向ければ、伊咲センパイは申し訳なさそうに眉を下げた。
「その代わり俺も行きます」
「えっ」
俺は笑みを顔に貼り付けたまま、冷蔵庫からとあるものを取り出した。
「後で一緒に食べようと思って作っといたプリンです。たくさんあるんで、差し入れ代わりに持っていきましょう」
プリンは伊咲センパイからのリクエストである。厳選した牛乳と卵、そしてバニラビーンズを使用した、これまた俺の自信作。手作りスイーツなので日持ちはせず、後日に回すことはできない。
「……う、わかった。連れてく」
「ヤッター!」
許可が降りたので、俺はプリンを保冷バッグに詰め、上着を羽織った。
たびたび逢瀬の邪魔をされた恨みもあるが、そもそもバイト先は伊咲センパイの親戚。つまり身内である。今から好印象を持っておいてもらいたい。あと、可能ならばもう少し事前に予定を立てるなどして急な呼び出しを減らしてもらいたい。そういった下心込みで同行するのだ。
「先に言っておくけど、今から行く場所や人物については誰にも言っちゃ駄目だからね。もちろん千代田くんにも」
「俺はいいんすか?」
「君は僕の恋人だから、いずれ紹介するつもりで先に話だけしてたんだ。ホントはちゃんと場を設けるつもりだったけど」
無理やり自己アピールしようと企んでいたが、伊咲センパイから恋人だと紹介してもらえるなんて光栄だ。嬉しい。
「今後も急な呼び出しで迷惑かけるだろうし、その辺も一度釘刺しておかなきゃ」
おうちデートを楽しみにしていたのは俺だけではなかった。彼はムスッとした顔で拳を握り、指の関節を鳴らしている。綺麗な顔をしているが、伊咲センパイは意外と武闘派なのだ。
はあ、カッコいい。惚れ直した。
件 のバイト先は数駅離れた駅前にそびえ立つマンションの一室だった。伊咲センパイは慣れた様子で入り口で暗証番号を入力し、エントランス内へと入っていく。
エレベーターに乗り込んでから、改めて気になっていたことを尋ねてみた。
「親戚の人はここで事務所を構えてるんすか?」
「いや、住居兼作業部屋みたいな感じかな」
「へえ?」
百聞は一見にしかず。行けば分かるとのことなので、おとなしく彼の背を追いかけてマンションの廊下を歩く。
清掃が行き届いた綺麗なマンション。駅前という立地からして維持費だけでもかなり高いのではないだろうか。どんな仕事か知らないが、経済的に余裕があるとわかった。
そんなことを考えているうちに、ある扉の前で伊咲センパイが立ち止まる。
「なにを見ても驚くなよ」
仰々しい前置きをしてから、彼は合鍵を使って扉を開けて足を踏み入れた。
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