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20話・従兄弟の正体

 散らかっているのは玄関やリビングだけではなかった。さっきまで詩音さんがいた作業部屋も、まるで強盗に荒らされた直後のような散らかりっぷりだ。 「この前来た時に片付けたよね。なんでもうこんなに散らかってるの?」 「資料が見つかんなくて手当たり次第ひっくり返しただけだよ~。多分その時にスマホがどっかいっちゃって~」 「んもう、ちゃんとしなよ!」  文句を言いながらも、伊咲センパイは慣れた様子で床に散乱したものを拾い集めて本来の場所に戻している。 「担当さんとのやり取りだって、スマホじゃなくてパソコンのメールからやれば済む話でしょ?」 「それが、なぜかネットに繋がんなくてさ~」 「ケーブル抜けてる! ばか!」  ふたりのやり取りを聞きながら、流れで俺も手伝う。数日おきにリセットされているからか見た目ほど片付けに時間は掛からなかった。ちなみに、詩音さんのスマホは充電切れの状態で本の山の下に埋もれていた。  あらかた綺麗になったところで、改めて紹介してもらった。  リビングのテーブルには俺のスマホから注文した宅配弁当が並び、飢えた詩音さんがガッついて食べている。昨日スマホを紛失し、パソコンがネットに繋がらなくなってからはなにも食べていなかったという。ならば外に買いにいけば済む話だが、それは不可能だと伊咲センパイは溜め息をついた。 「詩音は引きこもりなんだよね。他人との関わりが苦手だから家政婦さんとかも雇えなくて。それで従兄弟(いとこ)の僕が三、四日に一度のペースで世話をしに来ているんだ。それプラス、今日みたいに担当さんから連絡があれば様子を見に来るって感じ」 「そうだったんすか」  詩音さんは伊咲センパイの母親の姉の息子で、現在二十六歳。小説家として活動しているほか株式投資などで稼いでいるらしい。ちなみに、マンションの部屋は実家所有の物件なんだとか。  確かに一人では生きていけそうにない人だもんな詩音さん。定期的に様子を見ておかないと孤独死しそうなタイプだ。 「じゃあ伊咲センパイは詩音さんに雇われてるんすか。それとも出版社に?」 「正確には伯母(おば)さん……詩音のお母さんから頼まれてる。バイト代の支払いもそっち。担当さんたちからは詩音と連絡が取れない時だけSOSが来るって感じ」  担当さん「たち」ということは複数の出版社で書いているのだろうか。  しかし、詩音さんはこの通り人見知り且つ引きこもりのため、担当さんと直接顔を合わせたことはないんだとか。打ち合わせはメールまたはビデオ通話のみ。 「そういや、さっき片付けしてる時に同じ作家の同じ本が数冊ずつあったんすけど」  本棚に並べるにしてもどうしたものか悩み、別に避けておいた本を見せる。ダブって買ったのか、書店別特典獲得のためか、はたまた転売目的か。理由によっては片付けかたを変えねばならない。 「それ全部詩音が書いた本だよ。発行する度に出版社から何冊か届くんだ。普通は取材元とか付き合いのある作家仲間とかに贈るらしいんだけど」  伊咲センパイがチラリと視線を向けると、詩音さんは食後のお茶を飲みながら乾いた笑いをこぼした。 「ボクにはそんな知り合い皆無だからね~」  引きこもり作家の悲しい真実を知ってしまったが、引いている場合ではない。あの本を書いた著者が詩音さんだということのほうが俺には衝撃的だった。歴史小説の『巌流斎(がんりゅうさい)』、ミステリー小説の『夕蔭音羽(ゆうかげおとわ)』、ライトノベルの『オギノ扇子(センス)』は文系ではない俺でも名前を知っているくらいの人気作家である。  ここに来る前に『誰にも言わないように』と言い含められた理由がようやく分かった。 「とりあえず担当さんに生存報告しとくから、詩音は休憩終わったらすぐ原稿に取り掛かってよ」 「はぁ~い」  スマホ片手に伊咲センパイが作業部屋へと引っ込んでいった。世話係というか、もうマネージャーみたいなものだな。  伊咲センパイの姿がドアの向こうに消えてから、向かいに座る詩音さんが頬杖をついたまま俺に話しかけてきた。 「……伊咲はねえ、何ヶ月か前まではすんごい落ち込んでたんだよぉ。このボクが世話を焼かなきゃって思うくらい」 「そりゃ相当っすね」 「うん。でも、ボクは外には出られないから、うちまで来てくれなきゃなんにも出来なかった」  恐らく、元カレである先輩と別れた頃の話をしているのだろう。過ぎたこととはいえ、伊咲センパイの心を乱して悲しませた奴の存在は許せん。 「でもね、春から夏にかけて少しずつ元気になっていった。『しつこい後輩』の話題が何度も出るようになってね」  詩音さんは俺を上目遣いに眺め、にやりと笑う。 「ありがとね。伊咲があんなに感情を表に出せるようになったのはキミのおかげだよ」 「いや、俺はそんな」  俺はただ自分の好意をぶつけ続けていただけ。褒められるようなことはしていない。  思わず謙遜すると、さっきまで親しみに満ちていた詩音さんの目が冷たくなった。ほんわかした空気が一瞬で凍りつく。 「──まさか、キミも伊咲を傷付ける気?」 「そんなことは断じてありません!」  疑いの言葉を即座に否定し、俺は椅子から立って身を乗り出した。そして、顔を近付けて小声で問う。 「ていうか、詩音さんは『元カレ』に会ったことあるんすか?」 「ないよ。伊咲は連れてこなかったし、ボクも会う気はなかったから」  おや?  俺は交際開始から割とすぐに会わせてもらえたのに。まあ、今日は無理やり同行したようなものだが。 「わかったでしょ? 伊咲は既にキミを信用してるんだよ。それも、かなり」  詩音さんの言葉になにか返そうとした瞬間、作業部屋から伊咲センパイが顔を出した。 「担当さん、締め切り伸ばしてくれるって。とりあえず連絡してあげなよ。泣いてたよ」 「はぁ~い。ありがと伊咲♡」  詩音さんは伊咲センパイにハグをしてから作業部屋に引っ込んでいった。俺たちは部屋の掃除を済ませてからマンションを後にした。 「ごめんね獅堂くん、手伝わせちゃって」 「いえ。有意義な時間でした」  もしかしたら自分が思うよりもずっと好かれているのかもしれない。詩音さんと話せて良かった。

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