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24話・遭遇
どうやら俺はかなり嫉妬深いらしい。
高校時代に付き合っていた彼女にはそんな感情は微塵も湧かなかったが、伊咲センパイに対しては違う。誰も近付けたくないし、俺以外に好意を向けないでほしい。
それなのに、現実は残酷だ。
「ホント素敵な店だね」
「でしょ? ちょい高めだけど、その分雰囲気は良いし料理も美味しいんですよ」
今いる場所は小洒落たレストラン。メンバーは俺と伊咲センパイ、そして千代田だ。以前千代田が言っていた『オススメの店』に来ているのである。
ていうか、彼氏の俺をほったらかして千代田とばかり喋らないでほしい。普通に妬く。いや、千代田には社会人の彼女がいるんだけどね。それとこれとは話は別だ。
「そういや扇原 先輩、獅堂が作ったメシ食いました?」
「この前作ってもらったよ。全部美味しかった」
「オレも何度か食わしてもらったことあるけど、マジでその辺の店で食うより美味いんですよねえ」
楽しそうに歓談するふたりを横目で睨みながらレストランの店内を眺めた。お値段がやや高いからか学生客はいない。平日の昼間のため、品の良さそうなマダムたちがお茶やランチを楽しむ姿が見受けられた。
恐らく、千代田は伊咲センパイが周りの目を気にせず過ごせる店を選んでくれたのだろう。噂のせいで好奇の目で見られてばかりで、彼は気軽に外食もできないのだ。特に、大学生が立ち寄りそうなリーズナブルな飲食店は最も避けるべき場所と言える。
「獅堂くん獅堂くん」
「ハイッ、なんすか伊咲センパイ」
ぼんやりしていたら話しかけられた。慌ててそちらに顔を向けると、伊咲センパイが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見ていた。
「このお店ね、ディナーも美味しいんだって。奥に個室もあるらしいよ。普段から通うにはちょっと敷居が高いけど、特別な日とかに良いかもね」
「そうっすね。お祝いとかに良さそう」
「次はふたりで来ようね」
「もちろん!」
なにその可愛い発言。
モヤモヤが全部消し飛んだ。
俺の恋人が今日も最高に愛しい。
特別な日って誕生日とかクリスマスとかだろうか。そういえば、伊咲センパイの誕生日知らないな。後で確認しなくては。
おしゃれなランチを食べて和気藹々と会話を楽しんだ後、俺たちは千代田と別れた。最寄り駅から伊咲センパイのアパートまでの道を並んで歩く。
「千代田くん良い人だね」
「めちゃくちゃ盛り上がってたっすね。なんの話をしてたんすか」
食事中も、時々ふたりで顔を寄せ合ってコソコソ何かを話していたから気が気じゃなかったのだ。別に千代田と浮気するとは微塵も思ってないけど、俺以外と距離が近いと心配になるっていうか!
「えへへ、獅堂くんのことだよ。高校時代どんな感じだったか聞いてたんだ」
俺の話で盛り上がってたのか。よし、無罪。
「女子にモテてたんだってね。向こうから告白されたのにフラれたって。なにしたの?」
前言撤回。
千代田は明日殴ろう。
「なんもしてないっすよ。……ああ、なんもしなさ過ぎたのかも? イベントとか記念日とかスルーしちゃって」
俺の返答に、伊咲センパイの顔が曇った。
「もしかして、獅堂くんってイベントとかめんどくさいタイプ? やりたくない?」
さっきのレストランが『特別な日』向けの店だと話したばかりだ。もう利用することはないのかと不安になったようだ。
「昔はそう思ってました。でも、今はどんな些細な理由でも口実にして伊咲センパイと一緒に過ごしたいっす」
「獅堂くん……」
結局のところ、俺は高校時代の彼女がそこまで好きではなかったのだ。年頃になったら女の子と付き合うものだと、それが自然なのだと思い込み、告白された流れで交際した。興味があったからセックスもしてみたが、身体を重ねても気持ちは全然動かなかった。酷い男だと自分でも思う。女の子は聡いから見透かされたんだろう。そりゃフラれて当然か。
でも、伊咲センパイに対しては違う。
初めて会った時から俺の気持ちは揺り動かされてばかりで、全ての欲と衝動が彼に向いていると悟った。俺にできることならなんでもしてあげたいし、全部独り占めしたい。こんな気持ちは生まれて初めてで、最初のうちは空回りしてばかりだった。
でも、想いが通じて恋人になれた。
俺は幸せ者だ。
ふと、隣を歩いていた伊咲センパイが突然立ち止まった。踏み出そうとしていた足を止めて彼を見ると、やや硬い表情をしている。どうしたのか問おうとした時、伊咲センパイの口から小さな呟きが漏れた。
「な、……田賀 先輩」
彼の視線の先にはスーツ姿の男が立っていた。
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