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27話・擬似新婚ライフ
「おはようございます伊咲センパイ♡」
「……おはよ……」
翌朝、目を覚ました彼は掠れた声で返事をしつつ俺を睨みつけてきた。起きあがろうとするが、体のあちこちが痛いようで、再び枕に頭を沈めている。
「昨夜はひどい目に遭った」
「すんません、やりすぎちゃいました」
昨夜というか、明け方までですけどね♡
これ見よがしに大きな溜め息をつく伊咲センパイの横顔を眺めながら、俺はにんまりと口角を上げた。ぶつぶつ文句を言ってはいるが、表情を見れば怒っていないと分かる。なんだかんだで俺とのセックスは嫌じゃないってことだ。わあい嬉しい!
「まったく、今日が休みで良かったよ」
もちろん休みだとわかった上で抱き潰したのだ。さすがにセックスのやり過ぎで大学を休ませたら怒られるどころの話ではない。俺は伊咲センパイに迷惑をかけたくないし、嫌われたくない。
「歩けそうっすか?」
「うーん、なんとか」
伊咲センパイは渋い顔でベッド脇に足を下ろし、よろよろと立ち上がった。フラついていて危なっかしかったので、隣に並んで手を回し、背中を支える。
「トイレ行きます?」
「うん」
「じゃあドアの前で待ってますんで」
「ホントやめて!」
トイレまで送っていってからキッチンで朝食の支度をする。夜のうちに材料を揃え、後は焼くだけの状態にしてある。
ヨロヨロとした足取りの伊咲センパイがやってくる頃には、朝食がダイニングテーブルに出揃っていた。前回はフレンチトーストだったので、今回のメインはピザトーストとオムレツだ。コーヒーとサラダも付けている。
「獅堂くんのごはんに慣れちゃうと一人の食事が味気なく思えてくるよ」
ふわとろオムレツを食べながら、伊咲センパイが嬉しい言葉をくれた。よし、胃袋を掴む作戦は順調に功を奏している。
「俺バイトが入ってるんで、片付けが終わったら帰りますね」
ずっと側にいたいところだが、今日は予定がある。稼げる時に稼いでおかねば、来月のお泊まりデートの軍資金が足りなくなるからな。
「引っ越し屋さんのバイトしてるんだっけ」
「終わったらまた来ていいっすか」
「べ、別に構わないけど……」
引っ越し作業のバイト自体は半日もあれば終わる。夕方頃にまた来たいと言えば、伊咲センパイは了承してくれた。わあい。
「昼メシは冷蔵庫に用意してあるんで、温め直して食べてください」
「お昼ごはんまで!? いつの間に」
昨夜、伊咲センパイがイキ過ぎて気を失っている間に作っておきました♡
「晩メシも俺が作りますね」
「そんな、悪いよ」
「俺がやりたくてやってることなんで、気にしないでください」
「う、うん」
伊咲センパイは申し訳なさそうに眉を下げた。でも、どこか嬉しそうにも見える。
「じゃあ、ひとつだけお願い聞いてください」
「お願い……?」
皿とマグカップを洗い終え、彼が座る椅子に歩み寄る。なにを要求されるのか戦々恐々としている顔を見ていると意地悪したくなってしまうが、がまんがまん。
「俺が出る時に『いってらっしゃいのちゅー』してください」
「は、……えぇ!?」
この提案は予想外だったのか、一瞬ぽかんとした後に伊咲センパイは仰け反った。しかし、すぐに気を取り直して咳払いをする。
「そんなのでいいの?」
「ハイッ!」
「わ、わかった」
玄関で靴を履いてから向き直ると、伊咲センパイが恥ずかしそうに頬を染めていた。身を屈めて要求すると、そろそろと顔が近付いてくる。
「……バイト、頑張ってね」
「ん」
正面を向いていた俺の顔は、彼の手によって無理やり横を向かされた。そして、頬に軽く唇が押し当てられ、すぐに離れていく。
「えーっ、ほっぺ?」
「文句を言うならもうしない」
「アッ嘘! 文句無いです!」
不満は即座に封じられてしまった。
ホントは口にしてほしかったが、そうすると触れるだけのキスじゃ済まなくなるもんな。仕方ない。
「じゃ、行ってきます。帰りの時間がわかったら連絡しますんで」
「わかった。いってらっしゃい」
まだ気怠げな様子の伊咲センパイに見送られながら玄関からアパートの通路に出る。
今のやり取り、新婚ぽくなかった?
一緒に住んだら毎日『いってらっしゃいのちゅー』してもらえるのかな。ちょっと真面目に同棲プラン練ろう。そのためにも稼がなくては。
俺は未だかつてないくらいに軽い足取りでバイト先である引っ越し屋の営業所へと向かった。
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