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28話・偶然の一致
引っ越し屋の営業所で作業服に着替え、他のスタッフと共にトラックで現場に向かう。午前の現場を終え、午後から向かった先は、町の一等地に建つ広くて立派なお屋敷だった。依頼主はこの辺りの地主らしい。俺たちだけでは失礼に当たるからと役職付きの社員が同行している。
手入れの行き届いた綺麗な玄関先で家主と対面し、社員が挨拶をする。作業スタッフである俺たちは社員の後ろに控えるだけ。
「百瀬 さま、この度は我が社をお選びいただき……」
「いやいや、そちらの社長さんにはいつも世話になっとるからな。ははは」
堅苦しいやり取りを済ませた後、早速指定の荷物をトラックへと積み込む。今回はこの家の娘が一人暮らしを始めるとかで、大型の家具や家電は既に業者が運び込み済みらしい。俺たちは個人的な荷物を運ぶだけ。大して重いものはないため比較的楽な作業と言える。
さっさと終わらせて、早く伊咲センパイのアパートに帰りたい。
実家である百瀬家の屋敷からさほど離れていない場所に建つ高級マンションが娘の新居だ。ロビーには案内人 と警備員が常駐している。駅から徒歩数分の新築分譲マンション、一体いくらなのか想像するだけでも恐ろしい。
エレベーターを利用し、台車に積んだ段ボール箱を上階へと運び込む。先輩スタッフがインターホンを押して来訪を告げると、中から二十代前半くらいの女性が現れた。彼女が依頼主の娘、百瀬 眞耶 だ。引っ越し作業のために鍵を開けて待機してくれていたのだ。
「荷物をお持ちしました」
「わあ、ありがとう。どうぞ入って」
通常の引越しより少ないとはいえ、段ボール箱の数はそこそこある。俺は養生シートを抱えたまま玄関で新品の靴下に履き替え、中へと上がらせてもらった。
何度か駐車場と上階の部屋を行き来して全ての荷物を運び入れてから荷解きの作業に入る。俺たちが任されているのは調理器具や食器類を棚に片付けることと各部屋の清掃。
俺の担当はキッチンだ。皿を箱から取り出し、軽く洗い直して拭いてから所定の棚へと収納していく。
「あなた、手際が良いわね」
「普段からやってますんで」
作業中に声を掛けられ、愛想笑いを返すと、依頼主の娘・眞耶さんは小さく溜め息をついた。ゆるく巻かれた綺麗な髪を指先でもてあそびながら、彼女は話を続ける。
「今時は男の人だって家事くらいするわよね」
「さあ、人によるんじゃないっすか」
「そうだけどぉ」
俺の脳裏に生活能力皆無の詩音さんが浮かぶ。
望み通りの返答が引き出せなかったからか、彼女は甘ったるい声でボヤいた。おそらくなにか愚痴をこぼしたいことがあるのだろうと察し、作業しながら質問してみた。まったく興味はないが客の機嫌を取るのも仕事のうちである。
「このマンション、一人じゃ広いっすよね。誰かと一緒に住むんですか?」
「そう。結婚したらね」
「ご結婚されるんすね。おめでとうございます」
「来年になると思うけど、ほぼ決まりよ」
自分のことなのに随分と他人事のように話すものだ。洗った食器を拭きながら彼女を見れば、やや浮かない顔をしていた。
「……お見合いなのよ。パパが決めた相手なの。付き合ってみて良い人だと思ったけど、彼は家事とかやらないタイプだわ。だって言動がパパにそっくりなんだもの」
どうやらお見合い相手は前時代的な男のようだ。なんでも元彼に問題があって別れた後、親が見つくろってきた男に引き合わされたらしい。このマンションは見合い成立のご褒美として買い与えられたとか。うわあ、庶民の俺には理解できない世界だ。
なに不自由なく育ったであろうお嬢様にもそれなりに悩みがあるんだなと思いながら聞いていると、どこからか着信音が鳴り響いた。眞耶さんのスマホだ。
「ああ、彼だわ。今日引っ越し屋さんが来るって話をしたから心配してくれたのかも」
多少の問題はあれどうまくやっているようである。俺との会話を打ち切り、彼女はスマホ片手にキッチンから出て行った。
「もしもし、ナオヒサさん?」
離れていてもよく通る声が俺の耳に届く。
確かに彼女は『ナオヒサさん』と言った。先ほどの話の流れからして通話の相手は彼女の婚約者だ。
以前、伊咲センパイが寝言で呟いた名前と同じ。偶然の一致か。いや、あれから調べた情報と照らし合わせても間違いない。
片付けを終えてからリビングの壁龕 に飾られた写真立てを確認すると、家族や友人との写真と共にあの日見た男とのツーショット写真も並んでいた。愚痴をこぼしてはいたが、なんだかんだで眞耶さんは婚約者を気に入っているのだろう。でなければ、新居に真っ先に写真を飾るわけがない。
この引っ越し現場に来たのは本当にたまたまだが、思わぬところで裏付けが取れた。
── 田賀 尚久 。
伊咲センパイを捨てた男。
そして、百瀬眞耶の婚約者。
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