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31話・対峙

 盗撮犯の男を捕まえ、二度と伊咲センパイの写真や情報を田賀に送るなと約束させたが、これで解決とはならない。  田賀は盗撮犯に数日おきの報告を義務付けており、急に連絡が途絶えれば怪しむ。おそらく盗撮犯に接触を(はか)るだろう。盗撮犯には『スマホが壊れて連絡先が消えた』とでも言い訳しろと指示してある。田賀から何か言われたら教えろ、とも。  直接会ったのは一度だけだが、田賀の性格はなんとなく想像がつく。自分に絶対の自信があり、他者を従えることに抵抗がない傲岸不遜な男。  だからこそ、奴の目的がわからない。  人を使ってまで伊咲センパイを監視する理由はなんなのか。一方的に別れを告げ、事実無根な噂を流して周囲から孤立させて傷付けたくせに、まだなにかするつもりなのか。  対決の日はあっさり訪れた。  休みの日に伊咲センパイのアパートに行くと、なんと部屋の前に田賀が立っていたのだ。  盗撮犯からの定期報告が途絶えれば何かアクションを起こすだろうと予想はしていたが、まさかいきなり本人が伊咲センパイのアパートに来るとは思わなかった。  田賀は既に何度かインターホンを押していたようだが、伊咲センパイが鍵を開けるはずがない。なぜなら、彼は田賀を恐れているのだから。おそらく、今はドアの向こうで動けずに固まっているのだろう。 「えーと、確か田賀先輩……でしたよね。この部屋になにか用っすか?」  声をかけると、田賀は悠然と振り返った。  今日は休日だから私服姿だ。背が高く、上等なジャケットを難なく着こなしている。 「君こそ、ここになんの用かな」 「俺は伊咲センパイに呼ばれて来てるんすよ」  手にしたスーパーの買い物袋を掲げてみせると、田賀は小馬鹿にするように鼻を鳴らして(わら)った。 「ちょうどいい。俺も田賀先輩に用があったんで場所を変えません?」  俺が指で示した先には小さな公園がある。ろくな遊具がないから肌寒い季節になってからは子どもすら遊びに来ないような閑散とした場所だ。田賀は少し逡巡してから了承した。  部屋の前に買い物袋を置き、田賀を引き連れて公園に向かいながら伊咲センパイにメールを送る。 『田賀と話をしてきます。買い物袋の中身を冷蔵庫に入れといて。今日は俺特製のロールキャベツの予定です』  すぐに返信が来たが、確認する前に公園に到着してしまった。田賀を放置するわけにもいかず、スマホをズボンのポケットに仕舞い込む。  田賀は植え込みを仕切る柵に背を預け、少し離れた位置に立つ俺に視線を向けた。 「話っていうのは何かな『後輩くん』?」  盗撮犯からの定期連絡に添付された写真には、今年の四月半ばあたりから伊咲センパイだけでなく俺の姿も度々写りこんでいた。だからこそ先日会った時に嫌な顔をされた。田賀にとって、俺はこの上なく邪魔な存在のはずだ。 「別に仲良く話がしたいわけじゃないんすけどね。元彼ヅラして伊咲センパイに付きまとうのをやめてもらいたくて」  真っ向から喧嘩を売ると、田賀は眉間にしわを寄せて不快感を露わにした。 「オレが伊咲に付きまとう? 馬鹿なことを。今日はたまたま近くまで来たから顔を見に寄っただけだ。先輩としてな」 「たまたま、ねぇ」  やはりコイツはプライドが高い。伊咲センパイに執着している自分を周りに悟られないよう取り繕っている。 「自分がした仕打ちを忘れたのか? 伊咲センパイは迷惑してるんすよ。アンタの顔なんか見たくもないんだ」  淡々と説くと、田賀は目を丸くした。意外なことを言われた、みたいな表情だ。 「伊咲がそう言ったのか」 「言わなくてもわかる。アンタの顔を見ただけで真っ青になって、受け応えすらできなくなった。アンタの存在自体がトラウマみたいなもんなんだよ!」  終始冷静に話そうと心掛けていたのに、最後の最後で感情が抑えきれなくなってしまった。  俺の言葉にさぞショックを受けていることだろうと思いきや、なぜか田賀は笑っていた。今までの爽やかな仮面は剥がれ落ち、顔を歪めて笑っている。だが、これが田賀の本性なのだとわかった。 「くく、そうか。伊咲は今でもオレをそんなに想ってくれているんだな」 「ふざけるな、伊咲センパイはもうアンタのことなんか好きじゃねえ!」  聞き捨てならない発言に思わず反論する。過去に誰と交際していようと今の恋人は俺で、伊咲センパイの愛情は俺だけのものだ。それだけは譲れない。 「オレはな、伊咲が可愛くて仕方がないんだよ」  田賀は俺を無視して語り始めた。 「でも、オレが一番好きなのは笑った顔じゃない。悲しくて苦しくて泣きそうになった時の伊咲の顔。アレが一番好きなんだよ」  理解が追いつかず、俺は田賀の独白を聞くことしかできなかった。

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