6 / 8
第6話
真の家は仲睦まじい両親と三つ違いの姉、四つ下の妹の五人家族だ。
父親は真が小学校にあがる前から出張でしょっちゅう家を空ける忙しい人だったから女だらけの家の中で真の立場は割と早い段階でカースト最下位に収まっていた。
しかし母はもちろん普段家にいない父親にも可愛がられていたおかげで姉と妹から理不尽な扱いを受けた記憶は無い。
だがチャンネル権やたまに帰省する父親のお土産の分配、外食の行き先などの決定権は真にはこれっぽっちも無かった。
出る杭になる気もさらさら無かった為、姉や妹に対して文句を言うこともなく、特に生活に不満を覚えた事もなく過ごしてきた。
真が七歳の時に隣家に双子の男の子が生まれた時は「僕がお兄ちゃんになってあげる」と、自ら彼らの世話を買って出た。
きっと彼の…まだ始まったばかりの人生で何か思うところがあったのだろう。
本当の弟だと言っても過言ではいほど彼は双子の世話を焼き周囲が微笑ましく思うくらいには愛情を注いだ。
当然のことだが隣家の双子達、翼(つばさ)と空(そら)は甲斐甲斐しく世話を焼く真にとても良く懐き、慕った。
双子が初めて喋った言葉は「マコ」を意味する「ま〜」。
普通は「ママ」を指すのだろうが双子に至っては「ママ」を指す言葉ではなかった。
ちなみに言葉がしっかりした頃から双子は自らの母を宏美さん、と呼ぶようになる。
この辺の言葉のセンスは真に育てられたことに原因があるかもしれない…。
単語がで始めると「ま〜ちゃんあしょぶ」「ま〜ちゃんたべゆ」「ま〜ちゃんおふよ」と、すぐに二語話すようになり七年先を行く真を追いかけるように心と体がすくすくと成長していきそれは真が大学を卒業するまで実の兄弟以上に親密に過ごした。
真も時間と愛情を注げば注ぐほどに双子から絶大な信頼を得て、同時にそれと知らず早期教育を施すのだから大人達の信頼も厚い。
真は時には兄のように、時には共働きの彼らの親代わり、またある時は家庭教師となり双子達と本当の家族以上の時間を過ごした、と思う。
だがそんな暮らしは多分に漏れずいつまでも続くことは無かった。
就職を機に真は突然実家に寄り付かなくなったのだ。
慣れない仕事に忙殺されたという事にしているが、本当のところは家族から恋人や好きな人はいるのかなどと話したくないプライベートな内容を四六時中聞かれるのが地味に辛くなったのだ。
真はヘテロと言えない自分のセクシャルな部分を家族に打ち明けられずにいた。
ただ一人、姉を除いて。
「マコちゃんは俺と一緒に暮らすの…嫌?」
眉尻を下げた困ったような顔をして翼が真に問う。
「嫌じゃないけど…家には帰って寝るだけだからほとんど一人暮らしのようなもんになるよ?」
と言ったもののそれは事実だが事実じゃない。
終電ギリギリになるほど忙しいのは繁忙期だけでそれを乗り切ればそこそこ定時退勤だ。
「それならやっぱりマコちゃんと暮らしたい。母さん指導のもと俺の家事スキルはこの三年で相当レベルアップしたから絶対にマコちゃんの役に立つよ?」
「レベルアップ?宏美さんならやりかねない…」
双子の母、宏美は手伝わざるもの食うべからず、男子も積極的に厨房に立つべし、という信念を持った女性だ。
俺が産まれたばかりの双子の世話をすると言った時も「了解」と言って子供にも出来るように赤子の世話を指導してくれた。
もちろん安全に配慮してくれた上でオムツ替え、ミルクの世話、入浴までも経験させてくれた肝っ玉母ちゃんなのだ。
今振り返れば宏美さんが職場復帰した時に役立つように真が彼女に育てられていた可能性は否定できないが…。
そしてしばらくぶりに会った…真が手塩にかけて大切に育てた翼。
中学でも背は高い方だと思ったが…もう真よりも大きく逞しく育っていた。
しかも誰が見てもイケメン。
『ちょっと見ない間にこんなに立派になったんだ…』
「マコちゃん?」
「あー…ちょっと昔を思い出してた」
小さな頃は双子の天使と呼ばれていた翼と空。
可愛くて素直で「マコちゃん大好き」と言って俺を慕ってくれた可愛い双子。
「マコちゃんは俺と空の育ての親だから」
「何だそれ」
「だからここに住まわせてもらえる限りマコちゃんの事、全力でサポートするよ」
確かに食事や身の回りの細々した事はめんどくさいから翼の言葉は非常に魅力的だ。
だが快適な一人暮らしをそう簡単に手放すことは出来ない。
いや、本当は一度しかない翼の青春は翼自身のために使って欲しい、と思う。
「自分の身の回りくらい何でも出来るし」
真の母は彼に家事を教えた事は無いが隣家の宏美が双子が生まれた年から手とり足とり彼を指導した。
だから真が実家を出る頃には約十年間の修行の成果がきっちりと実を結んでいただ。
「でもさ、忙しいでしょ?掃除のいき届いた部屋と温かくて美味しい食事とか魅力的じゃない?」
「まぁ…」
「それにさ…俺偏見とか無いからマコちゃんがやってみたい事もしてあげられるよ?」
にっこりと微笑んだ翼に真の背筋はいい意味でも悪い意味でもふるりと震えた。
ともだちにシェアしよう!