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「お前、訳わかんねぇこと考えてるだろ」
「は?」
白けたような顔をされて少しムッとする。
「実は幼なじみで……」
一度言葉を切った獅子谷。
やはり言う気はないのか、と諦めかけると、
「…………母さんと俺を止めに来て事故に遭ったもう一人の被害者だ」
聞き逃しそうなくらい小さな声がそっと押し出された。
「は?じゃあ、その幼なじみも入院してんのか?」
「いや」
首を振って獅子谷は布団を引っ張ってからその中で足を伸ばす。
「実は社会福祉施設で暮らしながら働いてるよ」
「施設?」
「事故で目が見えなくなったんだよ。なのに、俺を責めずにずっと笑って前を向いてる」
「なら……」
「『俺の代わりに教師目指してくんない?』」
俺の言葉を遮って、なぜかフッと笑った獅子谷。
「は?」
「病院で目が覚めて……両目包帯で巻かれて見えない奴のセリフか?」
悲しそうなその目を見て、俺は何も言えない。
布団の上で握られた拳は小さく震えていた。
「俺は高校にちゃんと通うようになって、大学を目指し始めた。……でも、進学するどころか、母さんも意識不明で……その日暮らすだけでもいっぱいいっぱいだった」
それはそうだろう。
獅子谷の母親は未婚の母だったのだから、獅子谷には頼る大人が居なくなったということだ。
生活費に母親の入院費。
その捻出は簡単ではないだろう。
「だから、デリヘル……か?」
「あぁ。ヤンチャしてた頃の先輩に紹介してもらって、な」
あの“小さき百獣の王”が消えた理由。
ずっと知りたかったはずなのに、俺は黙って唇を噛むことしかできなかった。
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