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「でも!今はもう教師としての給料もあるしそんなの!」 「俺だけ何事もなく幸せに暮らせって?」  こっちを見た獅子谷の顔。  未だに罪を背負ってむしろ赦されることを拒むようなその顔を見たら、何と返していいのかわからなくなる。 「でも、そんな金……」 「教師での給料は全部実の口座に入金してる。本当ならあいつが夢を叶えて手にするはずだった金だからな」  獅子谷はどこか遠くを見て言うと薄っすらと微笑んだ。 「そんなの……」 「俺が決めたことだ。お前には関係ない」  そうかもしれないが、助けも救いも求めていない獅子谷にもどかしさが募る。 「もう十年も経ってんだろ!いい加減……」 「でも、実の目はもう見えるようにはならないし、母さんも目を覚まさない」  鋭いその目を見て、俺は口を噤んだ。  確かにそうかもしれない。  十年経っても実際傷ついた人たちの状況は変わっていないのだから。  でも、このまま獅子谷がデリヘルで客を取り続けて、見知らぬ男たちに抱かれるのは耐えられなかった。  そもそもそんな風に獅子谷に自分を軽く扱って欲しくない。 「……その金でお前の母親は喜んでると思うのか?」 「母さんだって昔は夜の街で働いてたんだからわかんだろ」  すがるような思いで口にした言葉だって、獅子谷は軽くいなしてしまう。  どうしたって獅子谷を止めることはできないのだろうか?

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