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まっすぐ帰る気にはならず、立ち寄った渋谷医院。
「あのなぁ……」
「診察時間内だろ?」
「ギリギリね。ほら、もう終わりだろ?」
看護師に呼ばれて診察室に入ると、渋谷は時計を見せて深いため息を吐いた。
「今井さん、上がっていいですよ。椎堂くんの目的は治療ではなくお話なんで」
「そうですか?では、お先に失礼します」
渋谷に頭を下げると、看護師は俺にも「お大事に」と微笑んで奥へと消える。
目の前にあるパソコンの電源を切って立ち上がると、渋谷はさっき俺が入ってきたばかりのドアを開けた。
「鬼頭さーん!終わったら上がっていいですよ!えぇ、大丈夫です!」
そのまま受付に声を掛けているらしく、渋谷が開けた引き戸はゆっくりと閉まる。
「で?今日は何かな?」
戻って来ると、渋谷はゆっくりイスに座って机の上を片付けた。
「話だとは言ってない」
「そんなバッサリ切るとか怜旺と同じことをしておいて?」
フッと笑われて口を突き出す。
見透かされていることがムカついた。
でも、こいつ以外に聞ける人も居ない。
「怜旺は髪も黒く染めたけど?」
「これは真似たつもりはないんだよ」
フイッとそっぽを向くと、渋谷の笑い声が聞こえた。
「いいんじゃない?そっちの方が似合ってるよ!」
「お前、バカにしてるだろ?」
「まさか!」
笑いながら獅子谷が机から一枚の写真を出した。
そこに写っているのは学ランを着て少しムッとしている獅子谷。
「怜旺が髪を切った日の……俺たちに誓った日の写真だよ」
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