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「あのさぁ……典子さんは?」  少し話のテンポが変わって、滝本が窺うような言い方をすると一瞬時が止まる。 「……まだ起きねぇよ」  ギシッと獅子谷がイスの背に凭れると、滝本は「……そっか」と小さく呟いた。 「俺が診てるから安心しろ」  微妙な空気になった中、冷静に渋谷が口を開いたが獅子谷と滝本は黙ったまま。  どうしたらいいかと、空になった缶を握って獅子谷の様子を窺っていると、 「……なら尚更、これは返すよ」  滝本は身に着けていたウエストポーチから通帳を取り出して獅子谷の前に置いた。 「は?」  眉をひそめる獅子谷。 「五年前、母さんが渡してきたんだよ。怜旺?未だに凄い額がここに入ってきてる……これってどういうこと?」  話題が変わってから滝本の顔から笑顔は消えている。  目を閉じていて表情は更に読めないが、じっと静かに座る姿を見て獅子谷は僅かに震えていた。 「何で怜旺が僕にお金を入れてくれるの?」  隣に居る獅子谷に手を伸ばすと、滝本はゆっくり体の向きを変える。  真っ直ぐに獅子谷と向き合う滝本。 「……これって、何?」  滝本に右腕を握られたまま俯いている獅子谷は声も出せないようだった。 「実!」 「大丈夫。僕は冷静だよ?ただ聞きたいんだ」  滝本は渋谷に微笑むと、また獅子谷の方に顔を向ける。 「ねぇ、怜旺?十年前も言ったけどさぁ。あれは事故だよ?」  それでも獅子谷は僅かに体を震わせてただ俯いていた。

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