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第17話-1 期待の地

 領地の視察に戻ってからサミュエルが黙りこくってしまった。怒っているのだろうな。だけどやらないと行けなことは山ほどある。特に果樹園での話しが気になる。田畑を領主に黙って勝手に縮小するなど本来なら考えられないことだ。それだけサミュエルの事を軽く見ているという事になるな。このままではだめだ。領民たちに示しがつかなくなってしまう。 「…………」 「サム……。こっちを向いて」  ああ。やっぱり眉間に皺を寄せたままだった。僕はサミュエルの眉間の皺を指で伸ばしてやる。 「僕の前でもそんな難しい顔を続けるの?一人で悩まないで。口に出すことで答えが早く出てくることもあるって知ってる?」 「……アル」  ぎゅっと抱きしめられて首筋に顔をうずめられる。 「アルの匂いがする……」  え?なに?僕って汗臭いのかな? 「こうしていると落ち着くのだ。アルが傍に居てくれると感じるから」 「くす。じゃあ僕も。サムのこの逞しい筋肉は僕のもの」  むにむにって胸筋をくすぐる。くすくすと二人で笑いながら軽くキスを交わしているとデセルトがお茶を入れ始めた。ええ!いつからそこに居たのぉ? 「あ、あの……」 「お気になさらず。仲良きことは|睦《むつ》まじきかな」  気になるよぉ。デセルトはニコニコと笑顔で茶菓子と資料を机の上に並べだした。そうだった。資料を用意しておいてくれと頼んだのは僕だった。ついでデセルトの意見も聞きたいから来てねと呼んだのも僕だ。 「…………」   すん……とサミュエルがまた無表情に戻ってしまった。ごめんよ。これは不可抗力だ。 「えっと。視察に行ってきたんだけど、ノワール伯爵の事がイマイチよくわからなくて」  話をしだした僕を無言のままサミュエルが抱き上げて自分の膝の上に乗せてしまう。 「へ?あの……ちょっと」  デセルトが見てるって。恥ずかしいじゃん。 「デセルトは身内のようなものだ」  僕の心の声が聞こえたの?サミュエルの言葉にデセルトが目を見開いて嬉しそうに頷く。 「ありがたき幸せ……」  うっすらと涙を浮かべてるデセルト。おお。感動的なシーン……いやそうじゃなくて。身内でも恥ずかしいんだよ。 「アルは俺の精神安定剤だ。でないと壁ごとぶち壊しそうになる」 「物騒な事言わないでよ」  それだけ怒り狂ってるってことなのか。まあそうだろうなあ。|自分《領主》がいない間に好き勝手にされていたとわかったら腹が立つよね。でも今、根こそぎ絶やしてしまうとおそらくここの運営は立ち回らなくなってしまうだろう。 「元々この地はサミュエル様にと旦那様もお考えになられていた領地でございます」  そうだったのか。公爵家の領地はここだけじゃなく他にもあるし、王都には別邸もある。だがここほど広い規模はないだろう。それだけ公爵様もサミュエルの事を気にかけてくれていたんだな。だがあの方は切れ者だ。きっとノワールの事もわかってて野放しにしていたに違いない。そしてサミュエルの手腕を試したかったんだと思う。 「ノワール伯爵家は先代がいらしたときに伯爵の称号を手に入れられたそうです。それまでは子爵だったとか。この地は隣国との国境にあります。何度か戦争もあり、その時に功労をあげたので爵位があがり、この公爵領のすぐ隣に伯爵領を賜ったようです」  そうか。相手は爵位は上がる事があるって知っているんだな。だがそれは王が認めた時だ。 「ノワール伯爵の領地は大きいの?」 「いいえ。先代の方は身分不相応なものを望まない方でしたので小さめな規模の領地で。しかし南北を縦断する形の領地でございます」 「地図で教えてくれる?」 「はい。どうぞ」  地図上では確かに規模は小さいが辺境地の中心辺りを縦断する領地だった。これは厄介な地形だな。この領地を通らないと王都には行けない。 「農民たちの中には地図が読めないものも多く、言われるままにここがノワール領と思ってる箇所もあるようです」 「ありそうだね。ここでは契約書よりも口約束や口頭での指示が多そうだ。それに長らく領主が不在だったせいかノワールのいう事を何でも真に受けてるのを見かけた。すぐにでも矯正しなおしたい」 「矯正ですか?」 「そうだ。まずは変な噂を払拭しないと。それもこちらにプラスとなる内容にしないといけない」  幸いにもライナスがあちこちに回って訂正してくれてるらしい。だがまわりくどいな。一気にわからせる方法はないだろうか?

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