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※シャワーブース・ウィズ・ゴードン その1

 あくまで付き合い、肩の力を抜いて回る予定だったが、気付けば真剣勝負に。これでもロビイスト時代は毎週の如く政治家なり社長さんなりとゴルフ場へ行っていたから、腕前にはそこそこ自信があった。  尤も、接待でやっていたという都合上、余り上手過ぎても嫌われる。それでも、いつまで経ってもスコアが100を切ることのない市長には嫌味にしか思えなかったのだろう。足音も高くロッカーへ突入し、「誰のおかげでコースを回れると思ってるんだ」と呻く。 「入会金2万ドル、州で一番高いカントリークラブだぞ」 「自慢じゃありませんけどね。俺は昔、ヴェガスの北にある、12時間滞在すれば1500ドル取られるゴルフ場で、デニス・ロッドマンの後ろについてプレイをしていたことがあるんですよ」 「シカゴ・ブルズなんて滅びろ!」  ベンチへどすんと腰掛けて靴紐をほどきながら、ぶつぶつ恨み言を漏らしている始末だ。この後クラブハウスでのんびり、ウイスキーサワーでも傾けながら疲れを癒すなんて真似は期待できそうにない。  気分良くなりたかったのなら、去年道具一式を買い揃えたばかりのヴェラスコを連れてこれば良かったのだ。何故ここのところ、自らやエリオットが引っ張り出されているのかといえば、これまで一緒に回っていた仲間がいなくなったからだ。  デイヴ・マレイはゴルフが上手かった。特にマッチ・プレイだと市議会員仲間で右に出る者がなく、容易く苛つかせられたハリーは後半に行けば行くほどボギーの嵐。高校フットボール州代表の肩書きが号泣する、みっともない醜態を晒しまくっていた。  喧嘩をするのはコンペの会場とネクタイを締めている時だけ。私生活ではそれなりに上手く折り合いを付けていたようで、ちょくちょく一緒にコースを回っては、コツを伝授して貰っていたらしい。ハリーはそういうところに清々しいほど拘泥がない性格だし、マレイも街の市長様があれこれと教えを請うて来るのは気分が良かったに違いない。そもそもこのクラブだって、彼の紹介で入会したのではないだろうか。  デイブ・マレイが失踪して二ヶ月。嵐が吹き荒れていたのは最初の一ヶ月だけだ。多数党院内総務を兼任することになった副市長はほくほくしているし、共和党側の足並みは乱れっぱなし。来年の選挙は安泰だと、慎重派のエリオットですらお墨付きを与える始末だった。 「デイヴだと次の日が定例議会でも安心できた。絶対に勝つことがないからな。ブライズだと気を遣うよ、うっかりしたら勝つかもしれない」 「何を偉そうに、そんな腕前で彼女に勝つつもりですか。今日だけでボールを何個無くしたのか、すっかり忘れたようですね」  鼻で笑ってやれば、幸いなことに、ハリーはさっさとその場を立ち去った。不幸なことに、盛大に曲げた臍をシャワールームまで持っていく。腰に巻いたタオル越しにも、彼の尻は豊満過ぎて、ぶち込まれることを望んでいるようにしか見えなかった。  しょうがない。勝利に酔っているし、適度な運動は勃起力を高めると、医学的にも実証されている。  大体、ハリーも間違いなく、押しかけてくるのを期待していた。何が州で一番高いカントリークラブだ。平日の昼間、合計で10ほどあるシャワーブースで扉が閉じられているのは一つだけ。端から端までわざわざ歩いて確認した後、最奥の向かって左側にある閉じた扉を乱暴に一度だけ拳骨で叩くと、すぐにドアロックの外される音が聞こえた。  両の手首を掴まれた時、ハリーは振り解こうと、露骨な抵抗のポーズを取った。あくまでポーズだ。タイル壁に背中を押しつけられた時、うっそりと持ち上げられた顔の中、赤らんだ眦、微かに吊り上がった口角。タルムードに出てくる悪魔でも、ここまで。内心唸り、ゴードンは噛み付くようにして濡れた唇へ口付けた。  流しっぱなしのシャワーで張り付いた髪が目元へ掛かり、払う為に首を振った時以外は、ハリーも熱心に舌を絡めてくる。勝負中飲んでいたゲータレードの人工的な甘ったるさへ、味蕾が侵された。  エメラルドの瞳へ被さる睫毛に乗っている雫はシャワーか、それとも涙か──何故かゴードンは、ハリーが泣いているように思えた。 「疲れました?」  何が、と聞かなかったのは、我ながら卑怯だと思う。何にせよ、ハリーは今のように首を振っていただろう。身を捩ってゴードンの傍らをすり抜けると、背中を押して促す。 「口でしたい」  その場へ跪くことも、洗っていないペニスを口へ収めることにも、躊躇はない。彼は急いていた。男の腰骨を掴む手は指先まで熱っぽいのに、信じられないほど欲情しているのに。元々勢いで始めた情事だが、この流れに身を任せ、とっとと終わらせたいと考えているらしかった。  それが憎たらしいから、ゴードンは眼下の濡れ髪を掴み、頬の肉が撓むほど押し込むことで、ざらついた感触を楽しむ。ハリーは従順に先走りを飲み込み、小さく鼻を鳴らした。頭を撫でる手つきに細めたまなこはすぐに上目遣いへと変わり、「もっと奥の方が好きですよね」と低く吐き捨てる声を拾い上げては、こくこくと頷く。  己に関するありとあらゆる情報を、彼へ叩き込みたかった。己もそうすべきだ。先程ここへ押しかけてくる前に確認したスマートフォンの液晶画面が頭を過ぎる──先月、ゴードンの金で次女のシャーロットに端末を買い与えた。劇的にテキストを送ってくる頻度が減った長女と入れ替わるようにして、彼女は父親へ熱心にコンタクトを取ろうとした。「いい加減、お姉ちゃんに謝りなよ。何なら私が場を取り持ってあげるからさ」  そんなこまっしゃくれた物言い、一体どこで覚えてきたんだ。妻は、元妻は、宗教的規範に則って子育てをしているのではなかったのか。クリスマスも祝わせない癖に。  テキストには既読をつけたきり、返事を寄越していない。  俺が全てを擲つ覚悟なんですから、あんただって死に物狂いになってくれ。そう強要することが余りにも愚かだと、40年も生きればいい加減理解できる。そもそも、感傷は己に向いていない。  ぼんやりしていたら、どうやら深く突っ込みすぎたらしい。ハリー・ハーロウの奉仕は最高だ。とりわけ、奥がいい。女のプッシーよりも遥かに多層的で複雑で、そして締め付けがきつい。当たり前だ、一歩間違えば窒息死しかねない状況でするのだから。  気付けば頭を上下させることもなくなって、ハリーは純粋に口腔内の粘膜と、喉の筋肉で男を興奮させる。鼻での呼吸も途切れ途切れになっているお陰か、喉の緊張が激しくなって、亀頭を強く圧搾する。痛みを覚えるほどだが、同時に睾丸が極限まで硬くなった。  突き飛ばすようにして吐き出させても、まだ往生際も悪く、熱いペニスへ頬を擦り寄せる。汚れても、すぐにシャワーが洗い流すから、気にしていない。ただ、白濁混じりの先走りが目に入らないよう、きつく瞼を閉じている。 「これ、欲しい」  イカれた顎を酷使し、ハリーは辿々しく言葉を紡ぐ。  お互い男同士だ。ひたすら欲をぶつけ合い、痣が出来たり瘤を作ったりするような荒々しい営みには、ここ数年で慣れた。けれど媚びられるなんてことは、全く想定外だ。お互い暗黙で繰り広げるゲームではなく、ハリーは本気で、ゴードンに縋りつこうとする。  そうすれば引き留められると思われている。  かっとなるなるな、大人気ない、そう嘯く脳の部位が、どんどん小さくなっていく。  両腕を掴んで引きずるように立たせ、再び壁に叩きつけた時は、先程のような手加減など全く出来なかった。半勃ちのペニスを素通りし、その奥にある窄まりへ指を捩じ込む。ゴードンがやってくるまでのほんの短い期間で、準備をしていたのだろう。多少はほぐれて、中指を半分ほどまで含み込んでしまった。  怒りの圧は高まる。なのにハリーは、声も出さずに息を弾ませ、笑っている。恐らく本人は気付いていないだろう。かっかとなっているのは己のみ。 「ここ、気持ちいいんでしょ。え、ハリー・ハーロウ」 「う、あ、そこ、もっと……」  軽く肩を揺するような動きへ誘導されるまま、ゴードンはすっかり膨らんでいる痼りを指先でがしがしと引っ掻いた。反対の手で掴んだ肩が反らされ、丸められ、ハリーは乾いてもいない唇を舌先で舐めると、まず左手で己の胸に手を伸ばした。すっかり芯を持っている乳首へ爪を立て、潰し、乳輪ごと捻り上げたりする動きに連動して、直腸の動きは益々活発になる。  それから、まるで、暇があるからと言わんばかりの手つきで、右の手のひらがゴードンの下腹を弄った。天を突く勢いの剛直を引ったくるようにして掴み、荒々しく扱く。緑の瞳が、真っ直ぐゴードンを射抜いていた。

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