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※職員付オフィス・ウィズ・ヴェラスコ その1
エリオットやゴードンだったら寝たふりで済まそうと思っていたが、市長付職員オフィスへ足を踏み入れたのは忠実なる秘書モーだった。だからこそ一際ぎょっとなり、足を竦ませたのだろう。駄目押しとばかりに、のし掛かられたハリーが「助けてくれえ」と呻いたりするものだから、眉間の皺は益々深まる。
勿論、ハリーだって本気ではない。カウチへ仰向けに寝そべってスマートフォンを弄りながら、目下の最優先事項を片付けているヴェラスコを待っていたのは20分ほど。一息つく時間としては十分過ぎるくらいだろう。だから、全てを片付けた部下がふらふらと歩み寄り、何か言う間も与えず折り重なるようにして倒れ込んできても寛容を発揮すべきだった。
ハリーの胸に顔を埋めたまま、ヴェラスコは声がした方向へ向かって手を振った。
「あと10分したら解放するから、もう少し貸してくれ。丸2日寝てないんだ」
「西区の下水道が破裂した話なら、そんなに根を詰めて取り組まなくても大丈夫だろう」
「マレイ多数党院内総務の失踪に関して事情聴取を受けてたんですよ、予め来るって内通があったので、想定問答を作成してたんです」
そう答えれば、ハリーは黙るし、鈍い秘書も流石に理解する。「30分後で構わない」と口の中で呟いて、逃げるようにその場を後にした。
「やれやれ、後30分のお勤めか」
態とらしい溜息を漏らし、ハリーはヴェラスコの後頭部にスマートフォンを据えた。
「僕だって為すべき仕事がない訳じゃないんだぞ」
「僕が何とかします。だから今は……」
益々頑なに、反発するよう、豊かな胸筋に顔を埋めて息をつく。
「あー、胸が大きい……」
「そう言えば君、昔から巨乳の子とばかり付き合ってたもんな」
羞恥でも覚えてくれたら可愛げがあるのに、ハリーは平然とそう返す。
「昔、サスーン通りにあったカフェの訴訟の時、示談に持ち込むのに成功して、話し合いが終わった直後に、依頼人だった店員の子を口説いてただろ。正直引いたぞ」
「今は貴方一筋ですよ」
モーの指導でフィットネスに精を出しているお陰だろうか。最近心なしか、ハリーの大胸筋は肉厚さを増している気がする。脱力している時の筋肉は柔らかくて案外気持ちいい、なんて3年前の自らに言えば、思い切り嫌悪の表情を浮かべていたことだろう。
「それとも僕以外の男に揉まれまくったせいですかね」
「いやらしい。そもそも、僕の胸へ執着するのは君が一番だぞ」
「口唇期から抜けきれてないんです」
ああ言えばこう言うやりとりを面白がっているのはヴェラスコのみ。ハリーは眺める画面をスワイプし、「あーあ」と大きく嘆きを発した。肺に空気が通り、肉に張りが生まれる。これも悪くない。
「ハリー」
「んー」
「何見てるんですか」
「エルの彼氏のインスタグラム」
エリオットが聞いたら即座に「彼氏じゃない」と訂正を入れるだろうし、そもそも陸軍のエリートだったらしい男がSNSのアカウントなんか持っていたことが驚きだが。もそもそと顔を上げ、ヴェラスコは退屈さを隠しもしない、エメラルドの瞳を見上げた。
「最近熱帯魚を飼ってるらしい。よく動画を上げてる」
「あー、エルが言ってましたね。ヨルゲンセンさんでしたっけ? 餌をやる時、名前を呼びながら魚に喋りかけるんだって、面白がってました」
「そこまでイチャイチャしてるのに、付き合ってないって言い張るの、無茶じゃないか?」
「まあ、本人達にも言い分があるんでしょうよ」
掲げて見せてくれた画面の中では、ランブルフィッシュだろうか。大きな水槽の脇に乗せられたブランデーグラスの中、青く長い鰭を翻しながら、一匹の魚が泳いでいる。
「確かに、ルームメイトがいればペットだって飼えますよね」
「ああ、考えたな……僕も何か飼いたいよ。猫がいいな」
そう言えば彼が市長になってすぐの頃、彼の実利と殺処分0の標榜を目的として、保護猫を引き取る計画があったような気がする。あの時に引き取って貰っておけば良かったのだ、そうすれば、生活の中に猫が組み込まれた事が前提で皆動くようになる。
今やハリー・ハーロウと言うキャラクターは固められ、そのイメージを覆す事は難しい。そんな余裕も無くなっている。
「実家では猫を飼ってたんだよ。アメリカン・ショートヘアで、ショーティって名前だった。本当にチビだったんだよ……父は嫌って邪険にしてたが、っ?!」
頬を押し付けているうち、ワイシャツの下で突起はぷくりと膨れ上がっている。簡単に定めることの出来る狙いに、ヴェラスコはぱくりと食いついた。
「ちょ、ヴェラ……」
「ルール違反ですよ、こんな時に他の男の話をするなんて」
「ショーティはメスだった」
「違います、全く、あなたは……」
たっぷりと唾液を布地へ染み込ませてから、ぐりぐりと舌の腹でぷよぷよした粘膜の側面へ擦り付ける。益々芯が通ったのを確認したら、柔く歯を立てた。
スマートフォンが床に落ちる、重く硬い音が部屋へ響く。ハリーは空いた手でヴェラスコの頭を押し除けようとしたが、構わず変形するまで吸い付いた。ちゅ、と音がするほど生地がべたべたになり、くっきり乳首の形が浮かび上がるくらい勃起した頃には、髪を掴む手も引き寄せる動きへ変わっている。
「ああ、もう……」
「良いでしょう、ハリー」
「あ、ん……っ」
まだ何もしていないのに、同じくらい固くなっている反対側の先端を指先で弾けば、ハリーは答える代わりに胸をのけ反らせた。
ハリーが最中にやたらと他人へちょっかいを掛けたがるのは、己の弱点だと明確に自覚している場所だからだ。乳首だけでなく、胸そのものに触れられる事自体が気持ちいいらしい。固くなった粒をしつこく吸われた後、ぐに、と指が食い込む勢いで強く揉んでやる。手のひらの中で押し潰される乳首と、豊かな胸筋。
「ん、っく……ヴェラ、しつこい……」
「太ったって訳じゃ無いんですけど、あなた最近、全体的に肉付きが良くなりましたよね」
「へ……? べ、つに、太ってな……」
他の部分は全く刺激していないにも関わらず、ハリーはすっかり蕩けていた。紅潮し、だらしなく開かれて唾液に塗れた唇だけではない、頭の中まで、恐らくは。緩慢に振られる頭以外は上半身の自由が効かないので、快感の表現はもっぱら腹から下で表現される。
「胸だけじゃなくて、尻とか、太腿とか……それに、ここの膨張率も良くなった気がしますし」
絡み合う脚の間、スラックスの股座を押し上げるペニスの勢いは、既に力強い。解放してやろうとチャックの噛み合わせを解す動き、さっと掠める指先、そんな些細な事で、ハリーは「ん、っ」と甘く鼻に掛かった嬌声を発する。
「ま、ったく、今日は、随分強気じゃないか」
「満更でもないでしょ?」
昔取った杵柄、ぷちぷちと手際よくシャツのボタンを外して服を脱がせながら、ヴェラスコは口角を吊り上げた。
「あなたは猫派でしたね。気まぐれで、自分を振り回してくれる相手が好きなんだ」
「人間なら、ぁ、可愛げのある方が、好きだな」
「じゃあ、僕があなたの猫になってあげます」
どうせいつまで経っても、己のことを一人前としては見てくれない年上の男。ならばその地位をめい一杯行使したところで、何が悪いと言うのだろう。
「猫って用心深い生き物ですよね。何かを食べるにしても、まず匂いを嗅いで確かめる」
ぎゅっと肉を掴んで寄せる事により、引っ張られる肌の感覚にすら感じるらしい。蒸れた谷間へ鼻先を突き入れれば、流石に羞恥へ襲われたのだろう。何か言おうとした舌を硬直させ、ハリーは熱い息で半開きの唇を湿らせる。凝視へ煽り立てられ、ヴェラスコは塩辛い汗をぺろりと舐めた。
「それから味を」
「ヴェラ、ほんとに悪ノリが、過ぎるぞ……!」
「猫は悪戯するものですよ」
ちゅっちゅと、真っ赤に充血した頂きへ向かって鬱血の距離を縮めていきながら、膝で股間を刺激する事も忘れない。ずり上がって逃げようとするから、芯に少し強めに噛みつき、解し擦り潰すような動きを作ってやる。
「ひ……!」
「ハリー、逃げないで。あなたの可愛くて忠実な部下のお願い、聞いてくれますよね」
癒すように殊更たっぷり舌へ唾液を塗して、可哀想な粒を舐め潤してやる。取っときの上目遣いから、ハリーは視線を外すことが出来ないようだった。やがて、ううう、と低い声で呻き、ぼすんと音を立てて肘置きに頭を預ける。そのまま赤らんだ目元を両腕で覆ってしまった。つまり、胸元は全く無防備に晒け出されたと言うことだ。
「昔から、君は甘え上手だったが、益々パワーアップしてるぞ」
恨めしげな口調に、ヴェラスコは軽く肩をそびやかした。
「猫には爪も牙もあります」
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