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新生活のはじまり
<side智己>
目が覚めると、隣にクリスさんの姿がなかった。
一瞬、昨夜のことは夢だったのかと思ったけれど、何やら洗面所の方で音がする。
顔でも洗っているのなら、手伝ってあげないと片手では難しいかもしれない。
急いで飛び起きて洗面所に向かうと、どうやら自分の服を洗濯しているようだった。
「おはようございます。クリスさん」
「――っ!! あ、ああ。おはよう。悪かった、うるさくて起こしてしまったか?」
「いいえ、ちょうど起きる時間だったので大丈夫です。それよりも洗濯ですか? それならその洗濯機に入れておいてくれたら僕がしますよ」
「洗濯機……そのようなものがあるのか。素晴らしいな」
「片手だと大変だったでしょう? 僕のと一緒でよければ一緒に洗いますから、遠慮しないでくださいね」
「ああ、わかった。ありがとう」
そういうと、クリスさんは洗っていたものを洗濯機に入れていた。
自分でしてくれようとしたその気持ちが僕は嬉しかった。
顔を洗い、何か朝食をと思ったけれど、パンと牛乳しか残っていない。
申し訳ないと思いつつ、それを出すとクリスさんはそれでもありがとうと言ってくれて、美味しそうに食べてくれた。
「とりあえず外に出られるような服を買ってきますね」
「かたじけない。だが、そのほかの買い物は一緒に行くから、終わったらすぐに帰ってきてくれ」
「ふふっ。わかりました」
家で待っていてくれる人がいるってこんなに嬉しいんだな。
僕はクリスさんに見送られながら、家を出た。
<sideクリス>
朝、起きて隣にトモキがいることに幸せを感じた。
不測の事態に備えて私の眠りが浅いのはいつものことだが、トモキは私のようなものが隣にいるというのに、ぐっすりと一度も目覚めることなく眠っていた。
それほどトモキに信頼されているのだと思うと嬉しかったのだ。
さて、私はトモキが寝ている間にやらなければいけないことがある。
昨日脱いだ自分の下着の洗濯だ。
なんと言っても訓練帰りで、しかも、あの輩たちと戦い、汗が染み込んだ下着なのだ。
それをトモキに洗わせるわけにはいかない。
そっと洗面所に行き、隠しておいた下着を取り出して洗い始めた。
まだ怪我が治ったわけではないが、トモキの手当てのおかげで状態はすこぶる良い。
とはいえ、慣れない洗濯に悪戦苦闘しながらようやく終わったと思った時、突然後ろからトモキに声をかけられて驚いた。
私が洗濯をしていることに気づいたようで、隣にある機械を教えてくれた。どうやらこの箱が洗濯をしてくれるらしい。
トモキに洗わせるわけではないのだということに安堵して、洗い終わった下着をもう一度その機械に入れた。
これでトモキの身体から香ってくるようなあの匂いが私の服につくのか……そう思うだけで嬉しかった。
朝食を終えると、トモキはすぐに私の服を買いに出掛けて行った。
騎士団の格好ではかなり目立つだろうし、トモキの父上の服では外には出られないものらしい。
とすれば、申し訳なく思いつつも用意してもらうしか手立てがない。
朝食すらまともに買えないトモキの生活を思えば、私の服などに金をかけることが申し訳なくて仕方がない。
なんとか、トモキの生活の足しになるものはないかと考えた末に、私は良い考えを思いついた。
それは……私の上着についている、あの勲章メダルを金に換えれば生活の足しになるのではないかということだ。
勲章などあの世界に戻らなければ特に必要もない。
たとえ戻ったとしても、あの勲章メダルがなくても変わりなど掃いて捨てるほど持っているのだから特に問題はない。
それよりも今のトモキとの生活が潤う方が幸せなのだ。
問題はどこでこれが売れるかということだが、それだけはトモキに聞かなければならないな。
とりあえず私は上着からいくつかの勲章メダルを外しておいた。
あの日は訓練前に国王さまに会う機会があったから、いつもより勲章メダルを多くつけておいたのが功を奏したようだ。
しばらく経って、トモキが荷物を持って帰ってきた。
出迎えると、
「家を出る時も見送ってくれる人がいるって良いなって思いましたけど、誰かが家で出迎えてくれるっていうのもこんなに嬉しいんですね」
と嬉しそうに笑っていた。
やはりトモキは一人なのだな。
大丈夫、これからは私がそばにいよう。
もしかしたら私がここに来たのはトモキを一人にさせないためであったのではないか?
そう思いたい。
「クリスさん、こっちが上着でこっちはデニムのズボンです。一応大きめの服を買ってきましたから早速着てみてください。サイズが合わなかったら取り替えてきますから遠慮なく言ってくださいね」
そう言って手渡されたのは、トモキの着ている服とよく似たもの。
もしかして揃いの服だろうか。
それならば、多少大きさが合わずとも喜んで着させてもらおう。
「クリスさんが着替えている間に、僕洗濯物を干してきますね。何かわからないことがあれば呼んでください」
「ああ、ありがとう」
私が着替えの世話はいらないと言ったから、気を遣ってくれているのだろう。
本当に素直で優しい子だ。
今着ている服と着方は同じだろう。
慣れてしまえば、あちらの服よりは随分と容易い。
あっという間に着替え終わり、トモキのいる場所に向かった。
「トモキ、着替えてみたがサイズはぴったりなようだ」
そう声をかけると、トモキはこちらを振り向いてなぜか目を丸くしていた。
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