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第3話 恋人としての距離感(1)

 その日もいつものように外回り営業を終え、侑人はオフィスでデスクワークに勤しんでいた。  自社製品の販売促進を図るための商品陳列案や、プロモーション企画書。取引店舗との打ち合わせ用の資料をまとめ終わったところで、ぐっと大きく伸びをする。  ふと時計を見やれば午後五時を回っていた。定時だが仕事はまだ片付きそうにない。 (……はあ、一息つくか)  侑人は席を立ち、休憩室に向かった。  自動販売機でコーヒーを淹れると、何となしにスマートフォンを取り出す。いくつか通知が表示されるなか、LINEに高山からのメッセージが届いていることに気がついた。  タップして開けば、短い文章ともに写真が表示される。 『綺麗だったから、侑人にもおすそ分け』――そんな言葉とともに送られていたのは、青空のもとで綺麗に色づいた銀杏並木の写真だった。 (仕事中に何やってんだよ、あの人)  二人の関係が変わってからというもの、高山はマメに連絡を寄越してくるようになった。今日のように何気ない日常を共有したり、他愛のない世間話をしてきたりといったふうに。  侑人の性格上、こういったメッセージのやり取りをするのは苦手だし、むず痒い気持ちにもなる。が、決して嫌なわけではない。 『綺麗な写真をどうもありがとう。でも仕事中に――』  侑人は返信を打つべくキーボードをタップする。  しかし、途中まで打ち込んだところで不意に声をかけられた。 「あれ、なんだかご機嫌ですね? 彼女さんですか?」 「っ!?」  顔を上げれば、後輩の女性社員が興味深そうにこちらを眺めている。  休憩室に入ってきたことにも気づかなかったし、まさか「彼女」という言葉が出てくるだなんて。動揺する侑人を見て、相手はクスッと笑った。 「隠さなくてもいいのに。さっき、スマホ見てニコニコしてたじゃないですか」 「ええっ! う、嘘だあ」 「本当ですって。こういうのって、自分じゃ気づかないもんですよね」  思いもよらぬ言葉を受け、侑人は遅ればせながら口元を手で覆う。 (俺、そんな顔してたのか?)  些細なメッセージひとつで何だというのか。どうにも信じられない気持ちでいっぱいだった。  その後、仕事を切り上げた侑人は、一度自宅を経由してから高山のマンションへと向かった。ふとした気まぐれというか、季節がら人肌恋しくなった――もっと言えば、単純にヤりたくなったのである。  共同玄関を抜けて目的の部屋の前に立つと、先日渡された合鍵をあらためて手にした。しかし、そこで躊躇いが生じてしまう。 (ちょっと待てよ。「好きなときに来ていい」とは言ってたけど、勝手に上がり込んでいいのか? ただでさえ押しかけてきてる状況なのに? あ、あまりいい顔されないんじゃ……)  スマートフォンを取り出して確認してみるも、家を出る前に送ったメッセージには既読がついておらず。  送信してからそれなりに時間が経過しているのだが、まだ仕事中なのだろうか。こんなときに限って連絡がつかないだなんて。 「……高山さん、早く帰ってこねーかな」  合鍵を握りしめてぽつりと呟く。諦めて帰ろうかとも思ったけれど、今日はどうしてもそんな気分だったし、少しだけ外で待ってみることにした。  それからどれくらい経った頃だろう。こちらに近づいてくる足音が聞こえてきて、侑人はハッと顔を上げた。 「侑人?」  そこには仕事帰りの高山の姿があった。高山はこちらに気づくなり、驚いたような表情を浮かべる。 「何してんの、お前」 「あ、その」 「もしかして、俺に会いに来たのか?」 「!」  素直に言葉にされると、途端に恥ずかしくなって侑人は狼狽えた。  しかし高山はからかうでもなく、足早にやって来るなり両手で頬を包み込んでくる。

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