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第3話 恋人としての距離感(2)

「おいおい、いつから待ってたんだ。合鍵はどうしたんだよ?」  気づかわしげな表情を見せる高山に、侑人は目を瞬かせた。ややあってから言葉を返す。 「鍵はあるけど、なんつーか……その気になれなくて。一応、連絡は入れたんだけど」 「あーマジか。悪い、返事もらったぶんしか見てなかった」  高山は申し訳なさそうに眉尻を下げ、深くため息をついた。 「お前が来るとなったら、急いで帰ってきたのに」 「いや、べつにいいし。そこは仕事優先に決まってんだろ」 「……とにかく、中入って話そうぜ。ここじゃ寒くてかなわねえ」  高山は部屋の鍵を開けると、侑人の肩を抱いて室内へ招き入れる。  そのままリビングダイニングに通され、ジャケットをハンガーにかけてもらい、促されるままにソファーへと腰を下ろした。  一方、高山は電気ケトルで湯を沸かしているようだった。しばらくしたのち、マグカップを二つ手にして戻ってくる。 「コーヒー。インスタントだけど」 「ああ。ありがとう」  差し出されたマグカップを受け取って、侑人は会釈した。  湯気の立つコーヒーに息を吹きかけながら一口飲む。口の中に広がる、ほどよい苦味と酸味。冷え切った体に温かいものが染み渡って、ほっとした心地がした。  高山は隣に腰掛けると、おもむろに口を開く。 「外で待つの寒かっただろ? せっかく鍵渡したんだし、部屋入ってくれて構わなかったのに」 「……だって、図々しいとか思われたくなかったし」 「なんだそりゃ。『いつでも好きなときに来い』って言っただろうが」 「それはそうなんだけどさ」 「んなことで図々しいとか言ったら、俺なんかどうなるんだよ」 「俺はあんたと違って、そういったの慣れてないんだよっ。誰かと付き合った経験もないし――だから、その」  侑人はそこで言葉を区切って、 「こっ、恋人らしい距離感とか……全然、わかんないんだって」  言い淀みながらもそう続けた。  高山は一瞬きょとんとした表情を見せるも、すぐに破顔する。 「ったく。お前ってヤツは、知れば知るほど可愛いヤツだよな」 「はあ!?」  何がどうなって、そのような感想が出てくるのだろうか。真っ赤になって困惑する侑人に対し、高山はマグカップをローテーブルに置いて距離を詰めてくる。 「……ほら」  軽く広げられる両手。ほら、おいで――そう言いたげな仕草だ。  少しの逡巡のあと、侑人はおずおずと高山の腕の中に収まってみる。  恋人らしい距離感なんて、やはりわかりそうにもない。けれど、今は純粋に高山の温もりを感じたいと思えた。 (あったかい……)  伝わってくる体温の心地よさに、思わず目を細める。体重を預けるようにもたれかかれば、高山はしっかりと抱きしめてくれた。 「体、やっぱ冷えてたな。ひとまず風呂にでも入って温まるか?」 「あ、いや」 「うん?」 「高山さんの方が、いい……家で準備してきたし」  恥ずかしくてかなわなかったが、どうにか言い切って高山の胸元に顔を埋めた。  高山は鈍感な男ではない。すぐにこちらの意図を察してくれたようで、優しく頭を撫でてくる。 「すっかり抱かれる気で来たのかよ。可愛いな――」  耳元で囁かれた声に、侑人は身をよじった。  先ほどから何なのだろう。「可愛い」なんて言われても嬉しくないはずなのに、高山の声色には慈しむような響きがあって、不思議と胸が疼いてしまう。 「へ、変な言い方すんなよ。悪いか」 「いや? むしろ大歓迎。すげえ嬉しい」 「……っ、もともとはそういう関係だっただろ」 「言われなくてもわかってるよ。期待には応えてやるまでだ」  高山が抱きしめる腕の力を強める。そのままソファーに押し倒されて、覆い被さるように唇を塞がれた。  最初は触れるだけのキスだったが、次第に深いものへと変わっていく。

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