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第3話 恋人としての距離感(6)

「むっかつく。セックスに限った話じゃないけど、いつも俺ばっか振り回されてんじゃん」  拗ねたように言えば、高山は苦笑まじりに煙草の煙を吐き出した。打って変わって、穏やかな口調で言葉を返す。 「そりゃずーっとお前の隣にいて、想い続けてきたからなあ。慣れちまったもんは仕方ねえだろ」 「慣れ、って」 「まだまだガキだった頃の俺とか、結構余裕なかっただろ?」 「そうだっけ。俺から見た高山さんは、『遊び慣れてる先輩』みたいな感じだったけど。校則違反でピアス開けてたし、見た目からしてチャラかった」 「否定はしねえけど、人のことなんだと思ってんだよ。これでも当時は、好きな相手にどう接したらいいかもわからなかったんだぜ?」  いつもの冗談めかした雰囲気ではなく、真剣な面持ちだった。予想外の反応に、侑人は目を瞬かせる。 「信じらんねえ……」 「俺も信じられなかった。でも、初めてだった――こんなにも誰かを好きになったの。俺にとっての初恋はお前だったんだよ、侑人」  ――初恋。まさか高山の口から、そのような甘酸っぱい言葉が出てくるとは思わなかった。 (なんだよ、それ)  年甲斐もなく胸がドキドキとして、顔も熱くなっていくのを感じる。  高山は以前、「出会ったときからずっと好きだった」と口にしていた。そのことでさえ驚きなのに何ということだろう。 「……そんな素振り、全然見せてこなかったくせに」 「いや、お前が鈍感なだけだろ」 「!」 「嘘なんかついちゃいねえよ。あの日泣いてる侑人を見て、『俺なら泣かせないのに』って思ったんだ。それからはもうセフレでもなんでもいいから、傍にいて支えてやりたかった。……もちろん、お前の気持ちは他のところにあるってわかってたし、他の誰かと幸せになっても構わなかったんだが――」  高山は遠い目をして語ると、吸いかけの煙草を灰皿に押しつけた。それから隣に寝転がるなり、腕を回して力強く抱きしめてくる。 「高山さっ……」 「だけど、お前はいつも顔を曇らせてばかりで耐えきれなくなっちまった。――なあ侑人。俺さ、お前が思ってる以上にお前のこと好きだよ」 「……っ! い、意味わかんねえし。どうして俺なんか」 「おいおい、人の好意を踏みにじるなって。言ってて悲しくならないのか?」 「………………」 「こう見えて、俺は俺で必死なんだ。どうしたら振り向いてもらえるかってな」  少しだけ身を離し、高山は眉根を寄せて笑った。その笑顔がなんだか切なくて、侑人の胸がきゅっと締め付けられる。 (てっきり、俺ばっか振り回されてると思ったのに)  高山も同じように思い悩んでいただなんて。そう思うと愛おしさが込み上げてくるようだったが、今までが今までだっただけに、自分でも感情の整理が追い付かない。  心境の変化は感じているところだけれど、簡単に答えを出せるようなものでもないし、やはりまだ戸惑いの方が大きかった。 「そうは言っても、俺だって気持ちが追い付かないんだよ」  ぶっきらぼうに打ち明けると、高山は首元に顔を埋めて「ああ、わかってる」と返事をした。 「ガキじゃないんだし、いくらでも待つさ。ただ、その気になったら俺のこと真剣に考えてくれ。……答えはゆっくりでいい」 「――……」  真っ直ぐな言葉に心が揺れ動かされる。  すっかり誤解していたが、本当のところは余裕があるわけでもなく――もしかしたら、こちらを慮って気持ちを抑えてくれているのかもしれない。 (高山さん……)  侑人は返事をする代わりに、そっと高山の背に腕を回した。  少なくとも今は、この腕の中が心地いいと感じている。それだけは確かだった。

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