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第4話 恋に落ちたあの日のこと(1)
こう言ってはなんだが、高山健二は恋人に不自由したことがなかった。
ただ、そのどれもが恋愛とは言い難いものかもしれない。相手が女であれ男であれ、誘われれば断らなかったし、互いに遊びなのは承知のうえで適当な付き合いを繰り返していたのだから。
そんな高山が初めて本気で好きになった相手――瀬名侑人。彼との出会いは偶然だった。校舎裏で告白現場に居合わせた日のことは、今でもよく覚えている。
「本城先輩。お、俺……あなたのことが好きですっ」
やっぱりな、というのが正直な感想だった。
侑人のことは、友人である本城を通して知っていた。何度か二人で一緒にいる姿を見かけていたけれど、はたから見てもあからさまな態度をとっていたと思う。
いつだって本城のことを目で追っていたし、頭でも撫でられたときには随分と嬉しそうにしていて、慕っているというレベルではなかった。
しかし、告白は残念な結果に終わり、本城が去ったあとも侑人はその場に立ち尽くすことになる。
無理に作っていたであろう笑顔が崩れ、しゃがみ込んで泣いている姿を目にしたとき、高山は自分でも驚くほど動揺した。想いが報われなかったことに心が痛んだのもあるが、同情を超えて何か突き動かされるものがあったのだ。
(俺なら泣かせないのに)
そう思ったのが先か、行動に移したのが先かは自分でもよくわからない。
気がつけば華奢な体を抱きしめていて、言われるがままに口づけていた。そして、仕舞いにはキス以上のことも求められ、その足で侑人を自宅へと招いたのだった。
「お邪魔、します」
家に上がった侑人は、落ち着きなくあたりを見渡していた。高山は自室へ通すと、とりあえずベッドに座るよう促す。
「親は?」
腰を落ち着けたところで、侑人が問いかけてきた。
「仕事で夜まで帰ってこない。兄弟もいるけど、しばらくは平気だろ。……あーなんか飲むか?」
「いや、いい」
侑人の態度はあまりに素っ気ない。緊張しているのかとも思ったが、どうにもそれだけではないように思えた。
「あのよ。そうつんけんされると、こっちとしては悪いことしてる気分になるんだが」
高山は隣に腰を下ろし、じっとその瞳を見つめた。侑人は一瞬だけ申し訳なさそうな表情を見せるも、すぐに視線を逸らす。
「そんなつもりは……一応、こっちが素だし」
「なんだ、猫被りかよ」
先ほどからひしひしと感じていたが、本城から聞いていた話とは違うようだ。
いかにもな優等生で、人当たりがよく礼儀正しい――少なくとも、年上に対して無愛想な態度をとるタイプではなかったように思う。
「……人の感情とかよくわからないから」
「うん?」
意外な一面もあったものだと考えていたら、侑人がぽつりと呟いた。高山が聞き返すと、少し迷ったような素振りを見せてから続ける。
「苦手なんだよ、そういうの――相手の立場になって物事考えたり、場の空気読んだりとか。性格もこんなだし、せめて表面上くらいは好かれたいと思って……」
だから猫を被っているのだ、と。
この可愛げのない後輩のことが、なんだか少しだけ理解できた。基本的にどうしようもなく不器用なのだろう。人間誰しもそういったところがあるとはいえ、彼の場合はあまりにも顕著な気がする。
真面目で一生懸命だとは常々聞いていたが、かえって難儀な性格に輪をかけているように思えてならなかった。
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