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第6話 愛しい人へ捧ぐ未来(1)
年が明けて、一通の封筒が侑人のもとに届いた。
差出人は本城輝彦――侑人の高校時代の先輩であり、初恋の相手。封を切れば、美しい装丁がなされた結婚式の招待状のほか、返信はがきや会場地図が同封されていた。
以前から出席の打診を兼ねた連絡をもらっていたし、今さら驚くこともない。挙式の日程と式場の場所を確認しながら、侑人は返信はがきに向けて文字を綴った。
『ご結婚おめでとうございます』『喜んで出席させていただきます』と。
◇
それから数か月が経ち、本城の結婚式当日。
『これより新郎新婦のお二人が、たくさんの思い出を振り返りながらテーブルを回ります。キャンドルの灯りには、本日お越しくださった皆様への感謝の気持ちを込めました。皆様どうぞあたたかくお迎えください』
式は滞りなく進行しており、現在は披露宴。キャンドルサービスの時間を迎えていた。
拍手喝采とともに、お色直しを終えた新郎新婦が入場してくる。新婦をエスコートしながらテーブルを回る本城の表情は、言葉では言い表せないほど幸せに満ちていて、感慨深いものがあった。
そのうち侑人のもとへ新郎新婦がやってきて、各々が祝いの言葉を口にする。
「先輩、おめでとうございます」
「おめでとう本城」
テーブルに座っていたのは高校時代の学友で、もちろんのこと高山の姿もあった。
本城は新婦とともに礼をし、テーブルのキャンドルに灯りをともす。二人の姿に、侑人の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
(……二人とも、すごく幸せそうだな)
キャンドルサービスの光景を写真に収め、侑人はあらためて拍手で祝福する。幸せそうな本城を見ていると、こちらまで嬉しくなると同時に羨ましくもなるようだった。
開宴が夕方過ぎだったので、披露宴を終えた頃にはすっかり夜のとばりが下りていた。
最後に送賓を受けて、二次会には参加することなく式場を後にする。本城とは何年かぶりに再会して言葉を交わしたが、以前と変わらぬやり取りができることに安堵した。
「高山さん、よかったら少し歩かない?」
二次会に向かう人波を見送りつつ、高山に声をかける。結婚式の雰囲気に感極まったのか、このまま帰る気にはなれなくて、もう少し余韻に浸っていたかった。
そんなこちらの意図を察したのだろう。高山は快く了承し、二人並んで夜の街路を歩き始めた。
近隣には海浜公園があり、火照った体に潮風が心地いい。しばらく無言で歩いていたが、やがて高山がおもむろに口を開いた。
「いい式だったな」
「うん、ちょっと迷ったけど参加してよかった」
立ち止まって、手すりに背を預けながら告げる。高山も隣にやってきて苦笑を浮かべた。
「『迷った』ねえ。本城のヤツも、もう少し気ィつかえると思ったんだが」
「変につかわれても困るっての。十年も前のことだし、今となっては『そんなこともあったなあ』くらいの話だろ」
「そんなもんか?」
「そうだよ。それに、尊敬する人の新たな節目に立ち会えて光栄だ。……本城先輩、本当に幸せそうだった」
侑人は体を反転させて夜景を眺める。目の前に広がる夜の海は、ビルや連絡橋の明かりによって美しく彩られていた。
本城らが選んだのは東京湾沿いの式場。白を基調とした建物には、大きなガラス窓とテラスが設けられており、都内の絶景が一望できた。美しいチャペルで愛を誓い合った新郎新婦の姿が、今もなお目に焼きついて離れない。
(結婚、か……)
ふと隣に立つ男の顔を盗み見る。
こちらの視線に気付くと、高山はいつものように笑みを浮かべた。その男らしくも優しげな表情に鼓動が高鳴る。
妙に意識してしまうのは、結婚式という特別な空気を味わったせいかもしれない。けれど、今はそれでよかった。
「――……」
侑人は高山の肩にそっと頭を預け、目を閉じる。
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