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第6話 愛しい人へ捧ぐ未来(2)

「おいおい、どうした。飲み過ぎたか?」  茶化すような口調で言いながらも、高山は愛おしげに頭を撫でてくれた。  その心地よさに身を委ねつつ、「ねえ、高山さん」と静かに切り出す。 「……バイだとさ、やっぱ女の方がいいってならねーの? 正式な形で籍を入れたいだとか、子供がほしいだとか」  思いきって尋ねれば、高山の手が止まった。が、すぐに笑う気配がして再び頭を撫でられる。 「さあ、どうだかな。今はお前のことしか考えてないから、よくわからん」 「『よくわからん』って……ずるいだろ。男と付き合うんだったら、いろいろ我慢するようなこと多いだろうに」  侑人は顔を上げて不満げに口を尖らせた。しかし、高山はどこ吹く風といったふうだ。 「いや? そういったのはさして問題じゃねえし、親にだって言ってあるし。まあ侑人が女だったら、そりゃもう可愛いガキができるんだろうなあとは思うけど」 「なっ、バッカじゃねーの!? あんたに訊いた俺もどうかしてたっ」 「はは、悪いな。――だけど正直な話。俺は侑人が傍にいるなら、それだけでいいと思ってるよ」  飄々としていて、時折甘い言葉をさらりと言ってのける高山。彼のそういったところが嫌いで、好ましくも思えるのだから我ながらどうしようもなかった。 (高山さんは、やっぱりずるい)  赤らんだ頬を隠すように顔を背け、夜景を見るふりをする。ややあってぽつりと呟いた。 「もしかして、ジジイになっても男二人でいるつもりかよ」 「なんだ、嫌か?」 「べつに……嫌じゃ、ないけど」 「ならいいだろ。ボケちまってもさ、お茶すすりながら噛み合わない話をダラダラしたりして。お前となら何だって楽しいに決まってる」 「本気かよ」 「俺は嘘なんかつかねえよ。いつだって本気だ」 「………………」  苦笑で返そうとしたけれど、目頭が熱くなるのを感じて駄目だった。  他愛のないやり取りではあるものの、高山が言うと妙に説得力があって、彼の未来に自分がいていいのだと教えられた気がした。 『瀬名はどうしてそんなに結婚したいんだ? 世間体でも気にしてんのか?』 『それもあるけど――誰かとの深い絆がほしいと思うのは、人として当然のことだろ。寂しい老後なんて迎えたくないし、愛し合えるパートナーとともに人生を送れたらどんなにいいか』  ――以前、交わした言葉を思い出す。  あのときは漠然とした思いだったが、今となっては違う。もっと現実的なものとして意識するようになっていた。 (ああ、なんでこの人はこんなにも……)  互いが互いのことをどう思っているのかなんて、もうわかりきっている。高山にしたって、ただ待ってくれているだけで、こちらの気持ちなどとっくに気づいているのだろう。  ただ、踏み出さなければ何も始まらない。  侑人は高山の手を握ると、潤んだ瞳を隠そうともせずに真っ直ぐ見つめた。そして、意を決して告げる。 「俺も、高山さんとなら何だって楽しいと思うし――何年先でも一緒にいたいと思うよ……っ」  緊張と高揚感で上擦る声。心臓は張り裂けそうなほど脈打っていて、今にも口から飛び出てしまいそうだ。  だが、それでも必死に己を奮い立たせる。勇気を振り絞って言葉を紡ごうとする。 「俺っ……俺、は」  と、同時に高山に腕を引かれた。息もできないくらい強く抱きしめられ、侑人は驚きに目を見開く。 「たか、やまさ……」 「すまん、つい体が動いちまった。続けてくれ」

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