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第6話 愛しい人へ捧ぐ未来(3)
「ちょ、この状態で? ……ああもう。なんて言おうとしたのか忘れちゃったじゃん」
そんなことを言いながらも、鼻の奥がツンと痛んで視界がぼやける。
「高山さんってば……せっかくいろいろ考えてきたのに、どうしてくれるんだよ」
「なら、シンプルな言葉でいいんじゃないか」
「笑わない?」
「笑うもんか」
高山は腕の力を緩めると、こちらの顔を覗き込んできた。
緊張を和らげようとしてくれているのだろう。その表情はいつにも増して優しいもので、侑人の目からついに涙がこぼれた。
侑人は一度だけ深呼吸したのち、高山のことを見つめ返す。
それから――今度こそ、ありったけの想いを込めて伝えた。
「高山さんが、好きだ」
出てきたのは、どこまでも飾り気のない言葉。
しかし一つ口にすれば、あとはもう止まらなかった。堰を切ったように想いが溢れ出す。
「待たせてごめん。それと、俺のことずっと好きでいてくれて……ありがとう。今ならわかるよ――高山さんがいつも寄り添ってくれていたことも、それを『嬉しい』って俺が感じてたことも。……っ、もうどうしようもなく、あんたのことが大好きだ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにさせる侑人の言葉を、高山は静かに聞いてくれていた。
言い終えるなり、あやすように背中を撫でてくるものだから、侑人はまたもや胸がいっぱいになってしまう。
「よしよし、泣くな泣くな」
「っ――」
「はは、泣くほど俺が好きか?」
「……くそ、調子に乗るなよ」
そう言って顔を上げれば、柔らかく微笑む高山と視線が合った。少しだけ眉根が寄っていて、心なしか顔が赤くなっている気がする。
「ああ参ったな、すげえ嬉しい。……一度本気になったら、もう手離せないと思ってた」
甘く掠れた声が鼓膜を震わせた。心底愛されているという実感とともに、高山の計り知れない想いを感じて息が詰まりそうになる。
出会ってから十年、彼はどのような気持ちでいたのだろうか。辛く切ないこともあっただろうに、おくびにも出さず――そう思うと胸が苦しくなる一方で、相手のことがより愛おしく思えてならなかった。
「高山さん……」
熱っぽく見つめ合うなか、次第に高山の顔が近づいてくる。
トクントクンと重なる二人の鼓動。間近に迫った薄い唇に、侑人はそっと瞼を下ろした。
そうして口づけを待ったのだが、
「あ――悪い、こんなところで」
思い出したように、高山が身を引いた。
侑人は拍子抜けしてぽかんとしてしまう。しかし、それも一瞬のこと――咄嗟に高山のネクタイを引っ張るなり、自ら唇を押し付けたのだった。
「………………」
口づけをほどけば、珍しく高山が目を丸くしている。
無言のまま視線を交わして、そのうちに二人してクスッと笑った。今度はどちらからともなく顔を寄せ、唇を重ね合わせる。
それは、さながら誓いのキスのようだった。
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