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第9話 結婚式と、それから…(8)

    ◇  翌朝。カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。  目覚めは大きなキングベッドの上だった。隣には高山が裸のまま眠っていて、侑人は昨夜の情事を思い出しながら、筋肉質な胸板に擦り寄る。  素肌同士が触れ合う感触が心地いい。あんなに激しく愛し合ったというのに、体は綺麗にされていて不快感もなかった。きっと眠っている間に後始末をしてくれたのだろう。さすがに足腰は少し痛んだが、それもなんだか幸せな痛みに思えた。 (今でも夢みたいだ……)  ごろんと寝返りをうち、天井に向かって左手を掲げる。薬指には結婚指輪が輝いていた。  結婚したことで何かが大きく変わるというわけではない。また、日本で同性婚が認められるのもいつの日かわからない――今後、パートナーシップ制度を受けるか、養子縁組をするかといった話もまだ二の次である。  ただ、愛し合う二人が《夫夫(ふうふ)》として一つの〝家族〟になったのは確かだった。  決して楽しいことばかりではないだろうし、困難だって待ち受けているかもしれない。それでも、生涯の伴侶として歩んでいく未来を選んだのだ。  侑人は軽く体を起こすと、そっと高山の左手を取った。愛おしげに頬擦りしたのち、薬指にちゅっと口づける。 「ずっと、一緒にいよう――さん」  初めて下の名前で呼び、「愛してる」と続けた。  と、そのとき。不意に腕が伸びてきて、あっという間に抱きすくめられてしまう。 「そういった可愛いことは、俺がちゃんと起きてるうちにやれよ」  驚いて顔を上げれば、幸せそうに微笑む高山と目が合うではないか。 「ちょっ、起きてたのかよ!?」 「今起きたんだよ。おはよう」 「お、はよ……」  恥ずかしくなって、布団に潜り込もうとするが阻止される。  高山はこちらへと覆い被さってくるなり、顎に手を添えて上を向かせた。 「名前、初めて呼んでくれたな」 「っ、悪いかよ」  わざわざそこを指摘してくるあたり、やはり意地悪だとしか思えない。唇を尖らせると、高山は小さく笑って首を横に振った。 「いや、嬉しいよ。もう一回呼んでほしいくらいだ」  言って、口元を親指でなぞってくる。 「……やだよ」 「なんでだよ? いいだろ、名前で呼ぶくらい」 「恥ずかしいから駄目だって」 「お願いだ、侑人――」  そんな甘い声で囁かれたら断れるはずがない。ずるい男だと思いながらも、結局のところ折れるのはこちらの方だ。 「け……健二さん」  蚊の鳴くような声で呼ぶと、高山は満足げに目を細めた。 「呼び捨てでもいいんだぞ?」 「む、無理。なんか呼びづらい……」 「じゃあ、さん付けでいいからもう一回頼む」 「けん――って、もう呼んでたまるか! 調子乗んなっ!」  顎に添えられた手を振り払い、ぷいっと顔を背ける。  高山は当然のごとくお構いなしだ。くつくつと笑って頭を撫でてくる。 「すまんすまん、嬉しくてつい。まあ、無理して呼ぶ必要もないか――時間はまだまだあるんだからな」 「まだまだ、って」 「ずっと、一緒にいるんだろ?」  こちらの言葉をなぞらえるように口にする高山。その眼差しには確かな愛情が宿っていて、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。 「うん――」  そう、自分たちにはまだ多くの時間がある。これから何十年もの間、生涯をともにすると決めたのだから。  侑人は頷き返すと、満面の笑みを浮かべる。  その健やかなるときも病めるときも、どうか末永く。祈りにも似た思いを抱きながら、愛しい人の胸へと飛び込んだのだった。

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