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おまけSS ふたり、寄り添い合って(第6.5話)

 高山に告白の返事をしたその夜。そのままホテルに宿泊することになったのだが、侑人はなかなか寝付けずにいた。 「どうした? 眠れないのか?」  寝返りを繰り返していたら、ふと隣から声をかけられた。高山はとっくに寝ているものと思っていたのに、どうやらまだ起きていたらしい。  侑人は気恥ずかしさから、少し間を空けて言った。 「本当に、高山さんと恋人になったんだと思ったら……ちょっと」  目をやれば、どことなく高山はいたずらっぽい笑みを浮かべている。「そうか」と相槌を打ったあと、おもむろに手を伸ばしてきた。 「俺としては、夜通し抱いてやっても構わないんだが」 「バッ、なに言ってんだよ!」 「正直、俺も眠れないんだ。どうしたって、お前とのこと意識しちまってさ」  いつも余裕綽々な高山だが、やはり今日は様子が違うように思える。そのことに気づいた途端、侑人はますます気恥ずかしくなった。 「いい歳してこんなとか、恥ずかしい」 「お互いにな」  可愛げのない言葉が口をついて出るも、高山は穏やかに受け流す。  どこまでこの男はお人好しなのだろう。こちらだって、本当はそういったことが言いたいわけではないのに――。 「あの……俺、ずっと淡白っつーか生意気で――嫌にならなかった?」  気になって、思わずそう訊いてしまった。こんなことを訊いたところで、答えなんて決まっているようなものだけれど、誤解があったら嫌だと思ったのだ。  高山は目を丸くしたのち、静かに言葉を返してくる。 「嫌になってたら十年も片思いしないだろ。そんなところも、目が離せなくて好きだったし……あと、ちょっかいかけると嫌な顔するのも可愛かったしな」 「なっ、なんだよそれ。本気かよ」 「小学生みたいだろ? でも、本当にそう思ってたんだ」  高山の返答は、こちらが想像していた以上のものだった。  なんだか無性に恥ずかしくなると同時に、胸の奥があたたかくなるのを感じる。ただ、やはりというべきか、言わねばならないことがあるようだった。 「俺だって、べつに……嫌なんかじゃなかったよ」  言うと、高山がきょとんとした表情を浮かべた。  侑人は照れくささを感じながらも続ける。 「いや、『なにこの人』とは思ったけど。すごく思ったけどさ」 「おいおい。そこは『嫌じゃなかった』で締めるところだろ?」 「だけど、そんなふうに――人との間に壁を作らない高山さんだったからこそ、俺もありのままでいられて……それで、その」  と、言葉を詰まらせてしまうのだが、高山は急かすことなく待ってくれていた。ややあってから、ぽつりと呟く。 「す……好きになったんだなあ、ってあらためて思う」  こんなことを言うのは、やはり恥ずかしい。けれど、高山にはちゃんと伝えたかった――十年もの間、ずっと想ってくれていたことへの感謝の気持ちを込めて。  高山は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに口元を綻ばせる。 「昔の俺に教えてやりたいよ。回り道も悪くないもんだ、ってな」  言って、くしゃりと笑う。  その嬉しそうな笑顔とは裏腹に、どこか侑人は切なくなった。やはり高山の想いは、どうやったって計り知れないのだとハッとさせられる。 「ごめん、高山さんの気も知らないで。もっと早くいろいろ気づけてたらよかったのに」  そう、もっと早く――自分の中にあった感情も含めて、ちゃんと向き合うことができていたなら。今になって後悔が込み上げてくる。  あれこれと思い悩む侑人だったが、高山はやんわりと抱きしめてくれた。 「なに言ってんだよ、俺だってずっと言葉にしてこなかっただろ? それに、今までの積み重ねがあってこういった関係になれたんだ。……これからでも遅くはねえよ」 「………………」  きっと高山は、自分が思うよりもずっと多くのことを考えてくれているのだろう――。  言葉の端々からそれが伝わってきて、つい胸がいっぱいになる。侑人は小さく返事をすると、高山の胸元にそっと顔を埋めた。 「このまま、朝までくっついてても……いい?」 「ああ、もちろんだ」  そう答えるなり、高山はこちらの体を引き寄せて、さらに抱き込んできた。  密着した肌から伝わる体温が心地いい。トクントクンと脈打つ鼓動を感じるたび、安心感を得るようだった。  そんな高山のぬくもりを感じながら、緩やかに瞼を下ろす。 (これからはもっと、俺も高山さんのことを……)  過ぎ去った歳月はもう戻ってこないけれど、こんなふうに寄り添い合って、少しずつでも埋めていければいい――そうして思いを馳せ、いつしか眠りへと落ちていった。

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