80 / 108
おまけSS 不器用な恋愛初心者
ふと書店に立ち寄ったのだが、会計を終えた高山が侑人の姿を探せば、何やら真剣な表情で一冊の本と向き合っていた。
一体、どんな本を読んでいるのかと手元を覗いてみれば、思ってもみなかったもので――、
「なに読んでんの、お前」
こちらの声に、侑人がビクッと肩を跳ねさせた。
慌てたように本を陳列棚に戻すも、すでに遅い。『社会心理学から学ぶ恋愛のあり方 ~入門編~』――高山の目に飛び込んできたのは、そんなタイトルだった。
「ちょ、高山さん……いつの間にっ」
「ついさっき、会計済ませたとこ。つーか、なにも隠さなくてもいいだろうに」
「これは、たまたま目に付いただけで」
「たまたま、ねえ」
「っ……用はもう済んだんだろ、早く行こうよ」
侑人が足早に書店から出ていく。高山もその後を追い、苦笑しながら隣に並んだ。
「ほんっと、お前って生真面目っていうか」
「うるさいなあ。頭が固いのは自覚してるっての」
「はは、そういうところも好きだけどな」
「………………」
さらりと言ってのけると、侑人の頬がほんのりと赤く染まった。
ただ、気恥ずかしそうにしながらも、どこか浮かない表情をしているようにも思える。ちょっとした違和感にすぎないが、なんだか気がかりだった。
「ん? そんな顔してどうしたんだ、なんか気になることでもあるのか?」
率直に尋ねれば、侑人は気難しい顔をして口を開く。
「なんつーか、さ……恋愛ってやっぱ難しいことだらけだなって。この歳になって考えさせられることが多くて……」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、先ほど立ち読みしていた本が関係しているのだろう。その瞳は少しだけ揺れていて、不安の色が滲んでいるようだった。
確かに、恋愛というものはそう単純ではない。学生の頃ならまだしも、歳を重ねただけ複雑化していくし、現実をしっかり見据える必要が出てくる。
ただ、何でもかんでも鵜呑みにしないでほしいものだ。本に書いてあることなんて、あくまで一般論にすぎないのだから。
高山は穏やかに笑ってみせると、あえて明るく言葉を返すことにした。
「大丈夫だよ。俺らなら、ちゃんとやっていけるさ」
「高山さん……」
「大丈夫」
どうにか安心させてやりたくて、力強く繰り返す。
すると、不安げな表情が和らいでいき、口元からは笑みすらこぼれた。
「高山さんが言うと、本当にそう思えてくるからずるい」
「言っただろ? 俺は嘘なんかつかないって――ま、例外もあるが」
「『例外』って?」
「セックスのとき」
「!」
ぼそりと呟けば、侑人の顔がぶわりと赤く染まった。その反応を愛おしく思いながら、高山はクスクスと笑って続ける。
「ほら、俺相手にかしこまることなんかねえよ。今までどおりでいい――俺は、侑人が侑人らしくいてくれるのが一番嬉しいんだからさ」
言って、ぽんぽんと軽く頭を撫でてやる。
侑人は照れくさそうにしながらも、やがてほっとしたように頷いた。
「ん……ありがとう、高山さん」
はにかみ笑顔を見せる侑人に、高山も安堵の息をつく。
不器用で生真面目、そして見かけよりも繊細で――自分が守ってやらねばと思いつつ、それ以上に心惹かれるものを感じてならない。懸命にこちらへと歩み寄ろうとしているのが伝わってくるから、なおさらである。
(こいつのこと、うんと幸せにしてやりてえな……)
こうして恋人になれた今、強くそう思う。愛しい横顔を眺めながら、高山は人知れず目を細めるのだった。
ともだちにシェアしよう!