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おまけSS 不器用な恋愛初心者

 ふと書店に立ち寄ったのだが、会計を終えた高山が侑人の姿を探せば、何やら真剣な表情で一冊の本と向き合っていた。  一体、どんな本を読んでいるのかと手元を覗いてみれば、思ってもみなかったもので――、 「なに読んでんの、お前」  こちらの声に、侑人がビクッと肩を跳ねさせた。  慌てたように本を陳列棚に戻すも、すでに遅い。『社会心理学から学ぶ恋愛のあり方 ~入門編~』――高山の目に飛び込んできたのは、そんなタイトルだった。 「ちょ、高山さん……いつの間にっ」 「ついさっき、会計済ませたとこ。つーか、なにも隠さなくてもいいだろうに」 「これは、たまたま目に付いただけで」 「たまたま、ねえ」 「っ……用はもう済んだんだろ、早く行こうよ」  侑人が足早に書店から出ていく。高山もその後を追い、苦笑しながら隣に並んだ。 「ほんっと、お前って生真面目っていうか」 「うるさいなあ。頭が固いのは自覚してるっての」 「はは、そういうところも好きだけどな」 「………………」  さらりと言ってのけると、侑人の頬がほんのりと赤く染まった。  ただ、気恥ずかしそうにしながらも、どこか浮かない表情をしているようにも思える。ちょっとした違和感にすぎないが、なんだか気がかりだった。 「ん? そんな顔してどうしたんだ、なんか気になることでもあるのか?」  率直に尋ねれば、侑人は気難しい顔をして口を開く。 「なんつーか、さ……恋愛ってやっぱ難しいことだらけだなって。この歳になって考えさせられることが多くて……」  いきなり何を言い出すのかと思ったが、先ほど立ち読みしていた本が関係しているのだろう。その瞳は少しだけ揺れていて、不安の色が滲んでいるようだった。  確かに、恋愛というものはそう単純ではない。学生の頃ならまだしも、歳を重ねただけ複雑化していくし、現実をしっかり見据える必要が出てくる。  ただ、何でもかんでも鵜呑みにしないでほしいものだ。本に書いてあることなんて、あくまで一般論にすぎないのだから。  高山は穏やかに笑ってみせると、あえて明るく言葉を返すことにした。 「大丈夫だよ。俺らなら、ちゃんとやっていけるさ」 「高山さん……」 「大丈夫」  どうにか安心させてやりたくて、力強く繰り返す。  すると、不安げな表情が和らいでいき、口元からは笑みすらこぼれた。 「高山さんが言うと、本当にそう思えてくるからずるい」 「言っただろ? 俺は嘘なんかつかないって――ま、例外もあるが」 「『例外』って?」 「セックスのとき」 「!」  ぼそりと呟けば、侑人の顔がぶわりと赤く染まった。その反応を愛おしく思いながら、高山はクスクスと笑って続ける。 「ほら、俺相手にかしこまることなんかねえよ。今までどおりでいい――俺は、侑人が侑人らしくいてくれるのが一番嬉しいんだからさ」  言って、ぽんぽんと軽く頭を撫でてやる。  侑人は照れくさそうにしながらも、やがてほっとしたように頷いた。 「ん……ありがとう、高山さん」  はにかみ笑顔を見せる侑人に、高山も安堵の息をつく。  不器用で生真面目、そして見かけよりも繊細で――自分が守ってやらねばと思いつつ、それ以上に心惹かれるものを感じてならない。懸命にこちらへと歩み寄ろうとしているのが伝わってくるから、なおさらである。 (こいつのこと、うんと幸せにしてやりてえな……)  こうして恋人になれた今、強くそう思う。愛しい横顔を眺めながら、高山は人知れず目を細めるのだった。

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