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第1章③

「だから、何度も言っているだろう!」  晴はうんざりした口調で、机をはさんだ向こう側にいる警官たちに言った。 「電話を貸してくれ。それで伊丹飛行場に連絡を入れるから。あんたらの話じゃ、ここ京都なんだろう。もう遅いし、ちょっと距離があるから、帰るのは明日になるけど――」  二人の警官は顔を見合わせた。三十くらいの男と、それより若い女。女の警察官というものを、晴は初めて見た。  戦争が長引くにつれ、若い男はのきなみ兵隊に取られるようになった。人手不足は深刻で、工場や鉄道では女性や女学生が当たり前のように働いている。自分が知らないだけで、警察にも女が採用され始めているのだろう。  その女性警官が、ため息をついて晴に視線をもどした。 「よーし。じゃあ、もう一回、聞きますね。あなた、名前は?」 「…鈴木晴」 「年齢は?」 「二十歳」 「そうか、ハタチか。うん、分かるよ。お酒飲める年になったってだけで、まだ全然、大人になりきれないよね。…ちなみに、今飲んでる?」 「飲んでない」 「よしよし、シラフだね。ハタチなら学生かな。それとも、働いてる? 働いてるなら、職業を教えてちょうだい」  その質問に、晴は胸をそらして答えた。 「伊丹飛行場所属の第××飛行戦隊で、戦闘機搭乗員を務めている。階級は見ての通り、伍長だ」 「………」  女性警官はボールペンを投げ出し、そばに控えていた男性警官を交番の片隅に引っぱっていった。 「先パーイ。あの人、やばいですよ。夜道を怪しい格好でうろついてたから、職質かけて連れてきましたけど。自分で飛行機を操縦してたとか、ホタルの群れに襲われて、気づいたら山の中に落ちてたとか言うし、絶対に頭おかしいですよ。どうしましょ?」 「落ちつけ。ああいう手合いは、たまにいるんだ」 「…本当ですか?」 「この辺り、大学が多いだろう。中には、とんでもない(やから)も混じっているんだ。たとえば、この近くにある交差点に、信号の関係で絶対に車が進入しない箇所があるんだが、昔そこにコタツ置いて麻雀始めた強者がいた」 「マジっすか? ーーうわ、ウケる」  女性警官はひとしきり笑う。  それから、改めてパイプ椅子に座る「自称・陸軍飛行兵」の青年を眺めた。 「…ま、コスプレですよね。気が早いけど、コミケの準備ですかね」 「多分、そんなところだろうーーよし。頭はあれだが、人さまに迷惑かけそうな様子はなさそうだ。もう、解放していいだろう」 「あ、でもあの子。脇のところのホルスターに、拳銃っぽいのさしてますよ。モデルガンでしょうけど、一応調べます?」 「そうだな。念のために、見せてもらおう」  二人が改めて、晴の方に向き直った時だった。  交番の入り口のガラス扉が、キュルキュルと音を立てて開いた。  現れたのは、ここに勤務する三人目の警官だった。 「ただいま戻りました。ーーほら君、入りなさい」  警官は一人ではなく、背後にTシャツ姿の青年を連れていた。年は二十歳くらいか。感じの良い顔立ちだが、頬が不自然に赤く、浮かんでいる笑みはどこか眠たげだ。  一見して、飲酒しているのは明らかだった。 「失礼しまーす」  酔っ払いの青年は、屋内にいる面々に律儀に頭を下げた。  もの問いたげな同僚たちに、男を連れてきた警官が事情を説明した。 「巡回中、道ばたの電柱の下で寝ていたのを見つけまして。本人は大丈夫だと主張していますが、念のために酔いを覚まさせてから帰らそうと思って、連れてきました」  それを聞いて、男性警官が嘆息した。 「まったく。今日は何かと忙しい…」  その語尾に、パイプ椅子が倒れるガシャンという音が重なった。  何事かと、警官たちの目が集中する。  彼らの視線の先で、立ち上がった晴があえぐように言った。 「如月大尉どの…!?」

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