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第1章④
晴の前に突然、降って湧いたように現れた青年は、如月 久弥 大尉そのものだった。
上背のある筋肉質な体つき。広い肩と厚い胸板。むき出しの手足はよく引き締まっていて、瞬発力と持久力を共に兼ね備えていそうだ。
何より顔と笑い方だ。割と整った顔立ちなのだが、目がやや垂れているせいで、周りにそれと気づかれにくい。むしろ、柔らかい笑みも相まって、美男子というより好青年という印象の方を強く与えた。
だが、仔細に見る内に、晴は気づいてしまった。
青年は如月に比べて、ずっと若かった。むしろ、晴と同じくらいの年に見える。それに着ているものも、軍服とは似ても似つかぬ代物だった。
晴の存在に気づいた青年は、不思議そうな眼差しを向けた。
「ええっと……どこかで、会ったかな」
「なんだ。このミリオタくんと知り合いなの、あなた?」
女性警官の問いかけに、青年は曖昧にうなずいた。
「あー…多分。俺の苗字を知ってますから。ああ、さすがに大尉ではないですけど。あはは」
青年は笑いながら、誰にも求められてないのに、肩かけカバンから財布を取り出す。
「ほら。これが大学の学生証です。こっちは、バイクの免許証。どっちにも、名前がちゃんとあるでしょう。『如月』って……」
「分かった。分かったから、ちゃんとそれ、カバンにしまっておきなさい。落として、また交番に来られても困るよ」
三人の中で一番、年かさの男性警官が、おざなりに注意する。
「それで、如月くん。君、酔っ払ってるけど、家まで帰れそうなの?」
「はいー。大丈夫です。飲み会の店にも、歩いて来ましたから。ちゃんと歩いて帰れまーす」
「それなら、水道の水を一杯あげるから。それ飲んだら、帰っていいよ。夏だからって、もう道ばたで寝たりしないでよ」
「はーい」
「それから、鈴木くん」
警官が晴の方を振り返る。
「君も、もう家に帰りなさい。軍人ごっこは、ほどほどにね」
交番をあとにする青年を追って、晴も外に出た。
その途端、むっとした空気が身体にまとわりついてきた。中は涼しかったのに、外は異常なくらいに蒸し暑い。晴が着ているのは夏用の飛行服だが、この調子ではすぐに汗だくになりそうだった。
「――鈴木くんだっけ」
交番を出てすぐのところで、青年が足を止める。
そのまま、十秒近く、無言で晴を見つめてきた。
如月の顔で、そんなことをされた晴は、居心地悪さと同時に、顔がほてってくるのを感じた。
やがて、相手は申し訳なさそうに頭を下げた。
「…ごめん。俺、人の顔を覚えるのは割と得意なんだけど。どうしても、思い出せないや。どこで会ったっけ。大学かな?」
その問いに晴は答えず、逆に尋ねた。
「…あなたは、如月久弥大尉どのではないんですよね」
「あはは。だから俺は大尉なんて肩書き持ってないって」
青年は笑って言った。
「俺は、如月 久太郎 。この近くにある○○大学の三年生だよ。昔のマンガに、呼び方が同じ名前のお化けが出てくるから、みんな冷やかし半分で名前で呼ぶことが多いんだーーよかったら、鈴木くんも名前で呼んで」
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