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第1章⑨
晴は自分の身に起こったことを、洗いざらい久太郎に打ち明けた。
久太郎の曽祖父にあたる如月久弥大尉から、不思議なマッチをもらったこと。
米軍の大型爆撃機、B-29を迎撃するため出撃した際、タバコを喫うためにそのマッチを擦ったら、光る虫の大群に襲われたこと。
その後、気づいたら京都市内の山中に放り出されていたこと。
そして、久太郎の部屋に掛けてあった日めくり暦(今はカレンダーと言うそうだ)の表記で、ここが八十年後の未来だと知ったこと――。
「――如月大尉どのは、二本あるマッチのうち二本目を擦れば元に戻ると言っていた。だから残ったマッチで、俺は元いた時代――一九四五年六月に戻れるはずだ。そこだけは、心配しなくていい」
そこまで話して、晴は恐る恐る久太郎の方をうかがった。
予想していた通り。
如月久弥そっくりな彼のひ孫は、明らかに反応に困っていた。
ーー多分、頭のおかしい奴だと思われている。
晴は今になって、如月がマッチの詳細を明かさなかった判断が正しかったと、痛感した。
世の中、言わなくていいなら、言わない方がいいこともある。
その時、寝ていた布団のあたりから、「ポーン」というピアノに似た音が上がった。
音源は久太郎の持ち物である、板状の懐中電灯(?)だ。何度も鳴る音に、晴は先ほどから、少々いらついていた。あんなにしょっちゅう音がしたら、落ち着かない。壊れているんじゃないかとも思ったが、久太郎は特に気にしている様子もなかった。
「……俺の話は、全部本当のことだ。でも、信じてもらえないなら、別にそれでいい」
晴は、ため息まじりに言った。
「ここにも、この時代にも、長居する気はない。マッチを使って、戻ればいいだけの話だ」
「ちょっ…ちょっと、待って」
久太郎が慌てて口を挟んだ。
「落ち着いて、晴くん」
「俺は落ち着いてる」
ーーポーンーー。
また、あの音だ。晴は音がした方をにらんだ。
久太郎はぼそぼそと「…平田さんかな」とつぶやき、頭をかいた。
「…うん。あたふたしているのは、俺の方だ。ごめん。君の体験したってことが、あんまりにもあり得なさすぎて…」
「やっぱり信じられないか?」
「…あり得ないよ。でも、変なところで筋が通っているんだ」
久太郎は、途方に暮れていた。
「晴くんは、俺のじいちゃんや、ひいじいさんの名前や生まれた年を知っていた。昔、住んでいたところも。俺が、会ったこともないひいじいさんと瓜二つだってのは、初めて知ったけど。そんなことをわざわざ調べて、ウソをつく理由が説明できないよ…」
久太郎は晴を見つめる。その瞳の奥に、まるで真実がひそんでいるとでも言うように。
久太郎の真剣な眼差しに、晴は頬に血がのぼるのを感じた。
その時、一体何度目か、「ポーン」と音が上がった。しかも立て続けに複数回。
晴はついに、苛立ちを爆発させた。
「なんなんだよ、あの音! さっきからポンポン、ポンポン。気が散るって!!」
「ご、ごめん。電源切っとくから――」
久太郎が立ち上がる。
その瞬間、問題の「懐中電灯」からワーグナーの「ワルキューレの騎行」が、最大音量で鳴り響いた。
最初の「ダダダダーダーダン」の爆音で、晴は正座したまま一センチは飛び上がった。
「わっ…!」
「! 驚かせてごめん。きっと、ゼミ仲間の仕掛けたイタズラだ。俺が酔ってた間に、スマホの着信音、勝手に変えたなーー晴くん、ごめん。ちょっとだけ、電話に出るから待ってて」
久太郎は寝床まで行き、スマホをすくい上げた。
「もしもし――」
久太郎が当たり前のように、「懐中電灯」に話しかける。
その姿に、晴は唖然となった。
「…あれ、本当に電話だったのか」
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