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第3章①
四日後――山陽自動車道のとあるサービスエリアの駐車場に、二人乗りのバイクが停まった。
降りてきたのは、どちらも二十歳前後くらいに見える青年だった。
運転手の方は、黒のヘルメットに夏用のライダージャケットという、ごく一般的なバイク乗りの格好だった。だが、後ろの同乗者が一風、変わっていた。深紅色のヘルメットと大きめのリュックまではいいとして、着ている茶色のつなぎは、あまり見かけるものではないし、足のミリタリーブーツも、デザインがやけに古くさい。ツーリングの道中で、ここに寄った何人かのライダーが、チラチラと視線を向ける。
しかし、当の本人はフルフェイスのヘルメットを外そうとして外せず、悪戦苦闘しており、他人の視線に気づく様子もない。結局、見かねた運転手が、外すのを手伝いにかかる。
ようやくヘルメットが取れて、晴は「ぷはっ」と息を吐いた。
「暑いな。止まると、すぐに汗が噴き出てくる」
「大丈夫? 疲れてないかい、晴くん」
「大丈夫だ。それに思ったより、走るの楽しかった」
晴の感想を聞いて、久太郎は喜んだ。
ワクチンの副作用から回復した晴は、すっかり元の体調を取り戻したようだった。
「今、どのあたりだ?」
「もう岡山県に入ったから、半分以上は来ているよ。ここからなら、あと一時間くらいで尾道市に入る。でも、その前に少し休憩していこう」
トイレに寄った後、二人はサービスエリアの飲食スペースへ向かった。
晴も久太郎も朝食は食べてきた。それでも、眠気覚ましとエネルギー補給を兼ねて、コーヒーと軽食を摂ることにする。
「ここで待ってて。すぐ買ってくるから」
晴を座らせ、テーブルに自分のヘルメットを置くと、久太郎はコンビニに向かう。
一人になって、晴は椅子に背中をあずけた。
「――あー。タバコ、喫いてぇ…」
そう呟いたものの、もちろん実行はしない。
晴が持っていたタバコは、箱ごと久太郎にあずけたままだ。
晴は久太郎の行方を目で追った。背が高いので、人混みの中でも、すぐに見つけることができる。テーブルに肘をつき、晴は商品を選ぶ久太郎の姿を遠目に眺めた。
バイクに乗るための格好だと、いつもより凛々しさが際立った。
ーー「飛燕」に乗り込む時の如月大尉には、遠く及ばないけど。
心の中で、晴は付け加える。それでもピッタリした上着とズボンを身につけ、厚底靴を履いた久太郎には、つい見とれてしまった。
数日を共に過ごして、晴は久太郎に、だんだん馴染んできた。
最初に出会った時は、外見や笑い方が如月久弥大尉にあまりに似ていて、そこばかりに目がいっていた。けれども、少しずつ異なる部分も見出していった。
例えば、如月は酒を好まなかった。飲めるが、味が好きではないと言っていた。ひ孫の久太郎は酒好きだが、正直、強くはないようだ。
また如月は大っぴらにしなかったが、英語がかなりできた。晴くらいの年齢の時には、イギリスやアメリカの小説を原書で読んでいたと、聞いている。一方、久太郎は英語や他のヨーロッパ言語はからきしで、その代わりに古文や漢文を読むのは得意だった。
何より、一番、晴にとって印象的だったのは、怒る時の顔の違いだった。
如月は平生は優しかったが、訓練時に搭乗員が過ちをおかすと、厳しく叱咤した。その時ばかりは峻厳な顔つきで、晴でも怖いと思った。
しかし、久太郎は怒ると、むしろ悲しげな表情になる。
昨日、晴がまた平田の悪口を言った時に、久太郎は「やめて」と咎めた。その時の顔に、如月のような怖さはなかったが、晴はいかにも自分が悪いような気がして、いたたまれなくなった。
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