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第3章⑤

 鈴木家の墓は、島のほぼ反対側、高台の上にあった。  元々、壱ノ日島の島民たちの墓は、島内のあちこちに点在していた。しかし佐々木老人の話では、平成に元号が変わって間もなく、高台の一つが集団墓地として整備されたという。そして今では島民のほとんどが、この墓地に埋葬されているとのことだった。  ゆうに三百はあろうかという御影石の中から、たった一つの墓を見つけるのは、骨が折れる仕事だった。 「…村上、佐藤、旗手……大迫、村上、赤松…――」  炎天下の中、久太郎は晴と手分けして、墓に刻まれた苗字をひとつひとつ、確認していった。  バイクを降りた時点でバイクスーツは脱ぎ、短パンと半袖のTシャツ姿になっている。 「泊、安藤、鈴木…――あ!」  久太郎はそこで足を止めた。  鈴木家の墓は一見して、長い間、参拝した者がいないことがうかがえた。雑草は伸び放題で、供えられた花もなく、全体的に汚れている。久太郎は側面に回り込み、埋葬者たちの名前を確認した。  五つある名前の二番目に、それはあった。 ーー釈翔空 昭和二十年六月二十六日   俗名 晴 十九才ーー  久太郎は離れたところにいる晴を呼んだ。  やって来た晴は、墓石に刻まれた名前を食い入るように見つめた。  それから、虚ろな顔でつぶやいた。 「まるで、浦島太郎になった気分だ。みんな、死んじまった。なのに俺だけ、おめおめ生きてる……ーー」 ――母ちゃん。父ちゃん。(まさ)姉ちゃん。(しょう)兄ちゃん。亘二(こうじ)兄ちゃん…――    本当に、みんな死んでしまった。 「あ…あああ……わぁぁぁぁーー!!」  太陽が照りつける人気(ひとけ)のない墓場の真ん中で、晴は声を上げて慟哭した。  母親の顔が浮かぶ。父親の顔が浮かぶ。  幼い頃、いつも添い寝してくれた姉のことが浮かぶ。  背中を追ってばかりだった兄たちの姿が浮かぶ。  感情が自分ではどうにもならないくらいに暴れ狂って、手がつけられなくなる。  泣き叫ぶ自分を、久太郎が抱きしめたことにも、一緒に泣いてくれていることにも、しばらく気づかなかった。  …落ち着くまでには、時間が必要だった。  それでも、荒れた海が最後には静まるように、少しずつ晴の内の嵐も弱まっていった。その間、久太郎はずっと文句ひとつ言わずに付き合ってくれた。  やがて涙交じりではあるが、晴はなんとか言葉を発せられるようになった。 「…心のどこかで。生きていると思っていたんだ。少なくとも、もっと長生きして、みんな、子どもとか孫とかいるんだってーーこんなに早く死んでいたなんて、思わなかったんだ…――」  震える晴の背中を、久太郎がさすった。  晴が抱える悲しみが分かると、伝えるように。久太郎のその振る舞いに、晴は少しだけ慰められた。もしも、一人でこの事実を突きつけられていたら、その辺の崖の上から飛び降りていたかもしれない。  その時、久太郎が提案をした。 「せめて、線香と花だけでも供えてあげよう」 「そんなもの。持ってきてないだろ」 「大丈夫。降りた港に、生協の店があった。きっと、そこで売ってる。バイクがあるから、すぐに買いにいけるよ。スポンジとかも買って、お墓をきれいにしてあげよう」  そこまで言って、ようやく久太郎は晴を抱きしめたままであることに気づいた。  ぎこちなく、久太郎は腕をほどく。解放された晴は、泣き腫らした目で久太郎を見上げた。 「…行こう」  久太郎にうながされるまま、晴はついていった。  三十分ほどで、二人は再び墓地に戻ってきた。  晴の手には、花と線香とお菓子。久太郎が持つバケツとスポンジは、墓の掃除をすると聞いた生協の店員が、親切にも貸し出してくれたものだ。帰りのフェリーに乗る前に、返してくれたらいいとのことだった。  墓地に設けられた水道で水を汲み、晴がその水で墓石を拭いて汚れを落としていく。その間に、久太郎は生えた雑草を丁寧に抜いていった。  二人がかりで掃除したので、思ったよりも短い時間で終わらせることができた。  きれいになった墓の前に、花と菓子を供え、線香をたいた。  晴は長い間、手を合わせていた。

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