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第4章②

 その時、晴がつぶやくように言った。 「…ここに残るかどうか、決める前に。せめて明子を見つけ出したい」 「妹さんか?」平田が尋ねる。 「ああ。壱ノ日島で聞いた話だと、ロクでもない男と結婚することになって、えらく苦労をかけた。生きているのなら、せめて会って謝りたい」 「探すとしても、手がかりはあるのか?」  平田のその問いに、久太郎が答える。 「晴くんと京都に戻る前に、尾道で二日、過ごしたんだ。図書館に行って、昔の電話帳や地図なんかから、一九五〇年の時点で存在していた旅館を探して、まだあるかを調べていったんだ。すでに廃業しているところも、少なくなかったけど…」  「ほう。それで?」 「明子さんが働いていた旅館を突き止めた。すごく運がよかったよ。しかも、その経営者の人が、明子さんは娘さんのいる岡山市内の老人ホームに入ったらしいって、教えてくれたんだ」 「やるじゃないか、久太郎君」  褒められたものの、久太郎の顔は明るくなかった。 「でも、分かったのはそこまでなんだ。ためしに、岡山にある老人ホームのひとつに電話をかけてみたけど、入居者のことは何も教えてもらえなかった。晴くんが持っている写真を渡したいと言っても、ダメだった」 「昨今の情報保護の観点からすれば、驚くに(あたい)しないな。ならば、明子さんの娘さんの暸子さんを探すのはどうだい? 七十代ならSNSを利用している人は少なくないぞ」 「暸子さんは結婚して姓が変わってる。旅館の人も、そこまで”覚えていなかった。正確な名前がわからない限り、探すのは難しいよ」 「ふん。手づまりか」 「うん…」  久太郎は肩を落とした。しかし、すぐに気を取り直したように、 「そろそろ、お昼の時間だ。何か作るよ」と立ち上がった。  そのまま冷蔵庫へ向かおうとする久太郎を、晴が押しとどめた。 「俺が作るよ。久太郎は座っててくれ」 「そう?」 「冷蔵庫にあるもので、焼きそばかチャーハンくらいなら作れる」 「私は、焼きそばがいいな」  すかさず平田が言った。その要望を晴は聞かなかったように、 「久太郎は、どっちにする?」 「俺も焼きそばかな」 「了解」  晴はコンロの方へ向かった。 「鈴木君、家事はけっこうするのか?」  平田に聞かれて、久太郎はうなずいた。 「うん。色々、手伝ってもらってるよ。料理以外にも、洗濯とか、掃除とか。昨日も、俺がバイトで出かけてる間に、夕飯を作ってくれた」 「ふむ。悪くないな。現代になじむ努力はしているようだ」  平田はニンマリ笑った。  座っていろと言われたものの、久太郎は食器を出しておくことにした。さらに冷蔵庫から焼きそばを四つ取り出し、キャベツを刻む晴のもとに持っていく。 「焼きそば。ここに置いとくね」 「ああ…」  晴は久太郎にチラリと目をむけ、すぐにそらした。京都に帰ってきてから、ずっとこの調子が続いている。壱ノ日島での出来事を、まだ引きずっているのだと久太郎は思い、晴を元気づけるために何かにつけて気を配っていた。  しかし、晴のよそよそしい態度には、実は他に理由があった。   久太郎は、晴の背中越しに尋ねた。 「他に、手伝えることある?」 「今はない。ここ狭いし、向こうで座っといてくれ」  晴はそっけなく告げる。  そう。久太郎のことを意識すればするほど、晴はまともに相手の顔が見られなくなっていた。  …一体、その感情がいつ芽生えたのか、はっきりしたことを晴は言えない。  家族が眠る墓の前で、号泣する自分を抱きしめてくれた時か。  あるいはその後、悲しみを紛らわすために海に突っ込んだ時か。  それともーーもっと前からだったかもしれない。  はっきり意識し始めたのは、尾道から京都へ戻る時だ。 「振り落とされないように、しっかりつかまっててね」  往路と同様、バイクに乗っている間、晴はずっと久太郎の身体に手を回していた。  行きは身体の周りを吹いていく風や、流れ去っていく景色を楽しんだ。けれども、帰りにずっと意識にのぼっていたのは、密着している久太郎の身体のたくましさだった。  それに気づいた時、ヘルメットの下で晴は赤面した。 「ばか、ばか、この大ばか野郎…!」  晴は口に出して、自分を罵った。だが、そんなことで湧き上がってくる熱を、押しとどめることはできなかった。どうしても認めざるを得なかった。  晴は、久太郎に恋していた。  

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