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第4章④

 平田の言葉を聞いて晴は内心、複雑になる。久太郎が平田にかけた迷惑は、どう考えても、飯一回おごるだけで足りないだろう。  それで許したというのなら……思っていたより、平田は善人なのか? 「久太郎君は一緒にいて、気持ちのいい人間だ」  平田は言った。 「実際、友人も多い。中には、彼の優しさにつけ込む悪い奴もいるがね」 「呉葉もその一人か?」  子供っぽい意地から、晴はつい皮肉を言ってしまった。  しかし意外にも、平田は怒らなかったし、否定もしなかった。 「悪い人間ーーそうかもね。久太郎君に友達は多いが、私の方でそう呼べる人間は、彼だけだ。どうして久太郎君が私と友人付き合いを続けてくれているのか、私にとってもけっこうな謎だ」  平田はアイスコーヒーを入れていたコップを傾けると、そこに残っていた氷を口に含んだ。それを舌で転がす。 「私と彼のなれそめは、これくらいで十分だろう。それで、鈴木君。先ほど君は妹さんを探して謝りたいと言ったな。でも、今のところ探し出すのは難しそうだ、と」 「ああ。そうだ」  話題が急に変わり、晴は警戒を強める。  平田はそんな晴に向かって、あっさりと言ってのけた。 「多分、私なら見つけられる」 「……はっ。ずいぶんな自信だな」 「根拠のないものじゃないよ。話を聞く限り、久太郎君は普通に考えつく最善のやり方で、やれることをやった。しかし、彼の発想にない方法は、いくらか残っている」 「久太郎より自分の方が、頭がいいってか?」 「違うよ。久太郎君は真面目で、カタギな人間だ。どんな場合でも、法は守る。対して私は目的のためなら手段を選ばないし、場合によっては遵法精神なぞ歯牙にもかけない…これは頭の良し悪しではなく、人間性の問題だ」  平田は口に含んでいた氷を、ガリッと噛み砕く。  それから氷片混じりの水を飲み込むと、ニィと唇をつり上げた。 「言っただろ? 私は悪い人間だって」 「警察沙汰になったら親、泣くぞ。この親不孝者…」 「安心しろ。門前に警察が来たくらいじゃ、うちの人間は誰も驚かないよ。ちなみに父親は、いっぺん逮捕されてる」  晴があんぐり口を開けた。平田は相手を驚かせることができて、悦に入った。 「私の父は、政治家なんだ。ちなみに、逮捕時の容疑は収賄でね。二年弱の実刑判決を受けて収監されたが、驚くべきことに出て来てから選挙で再当選した。臆面もなく立候補する父も父だが、投票する有権者たちは一体何を考えているのかと、その時は日本の政治に深刻な疑念を持ったねーーというわけで、君の懸念するようなことは、全く当たらない。それに法を破ると言っても、人探しくらいなら、せいぜいグレーゾーンですむ」 「……本当に、明子を探せるのか?」 「百パーセントとは言えないが、かなり高い確率でいけるよ。ただし、条件がある」  平田は言った。 「まず私が法に抵触するような方法をとることを、久太郎君には黙っておくこと。話したら、きっと彼はやめろと言うだろうから」 「分かった」 「そして、もう一つ。首尾よく、妹さんと再会できた暁には、君はこの時代に残ると約束しろ」 「やけに、そこにこだわるな」  晴は少し呆れた。 「俺が生きようが死のうが、そっちには関係ないだろ」 「関係あるな。知った顔の人間に死なれると、私としても気分が悪くなる――おーい、ところで見ての通り、コーヒーが無くなっているんだが。おかわり、もらえるかい?」 「久太郎が帰って来たらな」  晴はすげなく言った。多分、久太郎は気にしないだろうが、勝手に冷蔵庫のものを減らすのは気がひける。  平田はしぶしぶ、からのコップを置いた。 「…そもそもの話。私は人死が嫌いなんだ。これは矛盾か、自家撞着と呼ぶべきかもな。昔の軍服や銃器や兵器が、小さい頃から大好きなんだが…」 「花とか人形とか、もっと女らしいものに興味持たなかったのか?」 「持たせようとした両親の期待は、ことごとく裏切ったよ。幸い、それが個性だと認めてもらえる幸福な幼少期を過ごせた。法律は軽視したが、娘の意思は尊重してくれた親に感謝だな」

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