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第4章⑤

 平田は言った。 「私は兵器が好きだが、戦争によって引き起こされる人死は大嫌いなんだ。特に君のような年齢の若者が死ぬことには、悲しみ以上に怒りを覚える。あと数十年はあっただろう寿命を、まるで小枝でも折るように、簡単に断たれてしまったと想像するとーー本当に、腹が立つ」 「……」 「決断を遅らせると、たいてい碌なことにならない。それは歴史が証明している。ミッドウェー海戦で負けた時点で、日本は太平洋地域から引き上げて、直ちに講和を模索すべきだった。それなのに、実際に動き始めたのは敗北から二年以上経ってからだ。あまりに遅すぎた結果、終戦までの九ヶ月間に、おびただしい数の民間人がアメリカの空襲で犠牲になった。当時の日本の防空力たるや、お粗末なもので…」 「粗末って…そんなことはない」  それまで黙って聞いていた晴が反論した。 「東京でも、大阪でも、名古屋でも、あちこちの航空隊がB29の迎撃に上がった。毎回、敵機撃墜の戦果を上げたと、新聞にもちゃんと載っている」 「その記事は、真っ赤な嘘だよ」 「嘘じゃない!」  晴は叫んだ。  逆に、平田の口ぶりはどこまでも冷静で、いっそ冷酷なくらいだった。 「君が見たのは悪名高い『大本営発表』だろう。戦争の末期、陸軍も海軍も日本が追い詰められていることを、国民の目から覆い隠すために、ありもしない戦果をでっちあげ続けたんだ。多くは誤認と言われるが、気づいても撤回しなかったんだから、嘘つき呼ばわりされても仕方がない。でっちあげの戦果で、最もよく知られているのは台湾航空戦の戦果だが、B29の撃墜数の水増しもそこに含まれている。嘘だと言い切れるのはね。アメリカ側がB29による空襲について、毎回、事細かなレポートを残していて、それが戦後に公開されたからだ。出撃した機数や、空襲がどの程度成功したか、日本側の反撃の規模や強弱、それに敵味方の被害の詳細が書いてある。それを見れば、日本側で発表された戦果がデタラメだってことが、一目瞭然になる」 「日本人なのに、アメリカの書いたものの方を信じるのか?!」 「国は関係ない。当時の日米両国の言い分を比較して、まだ事実に近い情報を発信していたのがアメリカだったというだけだ」  平田の薄い色の瞳が、鋭利な小刀のように晴をえぐった。 「ーーこの際、はっきり言わせてもらおう。当時の日本の航空兵力では、百機単位の大編隊で来るB29にまともに太刀打ちできなかった。仮に一機、二機、墜とせたとしても、焼石に水で、正直、戦うだけ無駄だった。君たちが飛ぼうと飛ぶまいと、民間に出た被害はほとんど変わりやしなかった。それが事実だ…」 「うるさい!!」  晴は激昂のあまり、握った拳を収納扉に叩きつけた。  バンッという音に、平田の肩がビクリと上下する。  怒りが激しすぎて、久太郎が戻ってきたことにも、晴はしばらく気づかなかった。  久太郎は靴を脱ぎ捨てると、慌てて晴と平田の間に割って入った。  晴が拳をきつく握りしめ、平田を殴ってもおかしくない顔つきをしていたからだ。 「…少しだけど、外に話すことが聞こえていたよ。平田さん」  久太郎は晴に注意を向けつつ、平田の方を振り返る。 「あの言い方は、あんまりだ」 「私は間違ったことは言っていない」  硬い表情で言い放つ友人に、久太郎は悲しげな目を向ける。 「…そうだね。正しいと思うよ。でも、優しくはないよ」  その言葉は、平田に思いがけぬ一撃を与えたようだった。久太郎は言った。 「晴くんは、命がけで戦っていたんだ。そんな人に向かって、やっていたことが無駄だなんて、言うべきじゃない」

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